第二章『白銀の義手』 3
「あ〜あ、何やってるんだ? 俺は」
愚痴をこぼしていたのはクサナギ。
それもその筈、彼らはいまだプリズムシティに居た。
「……アイリーンがデパートに買い物に行くって言ったからここに居る」
「そんな事は分かってるよ!」
ぐあ〜! と、デパートの前のベンチに寝転がるクサナギ。
その隣でちょこんと座っているユイ。
「……ねぇ、クサナギ」
「ん? 何だユイ」
「あの時、どうしてあんなにあの人に突っかかったの?」
先程のレストランでの出来事。
あの時のクサナギは異常だとユイは感じていた。
そんなユイの言葉にクサナギは……。
「さぁ? なんでだろう?」
とぼけた顔をしてユイの質問をかわす。
しかし、クサナギには心当たりがあった。
だが、そんな事をユイに話した所で何の意味も無い。
それ以後言葉の無い状態が続く。
そんな状況に先に根をあげたのはクサナギだった。
ベンチから体を起こし、おもむろに立ち上がる。
「よし、ちょっと散歩でもするかユイ」
そういって、ユイの手を引き、辺りを散歩する事に。
デパート周辺は人ごみが多い為、少しはなれた場所を散歩に選ぶ。
そこは、開発途中のビル街。
何も無いため、人は好んでこんな場所には来ない。
少しデパートから離れたが、直ぐに戻れば問題ないだろうと
たかをくくるクサナギ。
だが、運命とはなんと皮肉なものか。
「クサナギ」
「ん? どした?」
最初に異変に気づいたのはユイだった。
急に立ち止まり、あたりを見回す。
「……変な臭いがする」
何処からともなく異臭がする。
この異臭はどこからだろうと探すユイ。
まるで何かに取り憑かれた様に歩き出す。
そして、ある工事中のビルへとクサナギ達は誘われる。
中に入るクサナギ達。
そこで見たのは……。
「っ!?」
絶句した。
何かの絵画のように地面に出来上がった血の模様。
その周辺には彫刻のように出来上がった人の山。
中心にはそれを作り上げた人間がいた。
彼は入り口にいるクサナギ達に気づく。
「また、貴様か」
「……クリス」
クリスの顔や外套には返り血がついていた。
この惨劇は普通の者でも計り知れない衝撃だろう。
しかし、クサナギにとってこの光景はそれ以上のものだった。
「お前がやったのか?」
「ああ。先程の仕返しらしい、馬鹿な奴らだ」
あたりを見回すと、先程の刺青の男が目を見開いて息絶えていた。
クリスは刀の血を拭う。
そして、鞘に納めようとした瞬間。
「ぐ……た、助けて」
微かに生きている者がいた。
必死に這いつくばってクサナギ達に助けを乞う。
クリスはそれを見て、その男に近づく。
「おい! もういいだろ! そいつは見逃してやっても!」
クサナギは必死に叫ぶ。
今からでも遅くない、すぐに治療すれば助かるかも知れない。
だが、クリスの決断はあまりに無情だった。
「断る。生かせば後で何かと面倒になるからな」
クリスは刀をその男の背中に勢い良く突き立てた。
男は一瞬悲鳴をあげて息絶えた。
その光景を目の当たりにしたクサナギは……。
「クリィイイス!」
クサナギの中で何かが切れた。
もはや、その表情は親の仇を見るような怒りの形相。
腰にあったレイドリックを咄嗟に抜く。
「なぜだ! そこまでやる必要はなかったはずだろ!」
「そこまでだと? 言ったはずだ、俺は例え蠅のような存在でも
容赦はしないと」
その言葉に、クサナギは唇を噛む。
クサナギも悪人に対しては容赦はしない。
だが、抵抗する力がない者には手をあげない。
しかし、クリスは違う。
彼は、例え相手がだれであろうと殺す。
それはまさに、あの時の殺人鬼と一緒だ。
「貴様はまさかこんな奴らに同情でもしているのか?」
「同情? するわけないだろ。こんな事になったのはあくまで
こいつらの自己責任。だが、そこまでする必要もなかったのも
事実だろぅが!」
死体をみると、大半の者は背中からばっさり切られている。
それが意味するもの。
それは、クリスが逃げようとした奴らも見逃さなかった
文字通り皆殺しであった事を表す。
「……貴様は俺と同じ人間だと思ったが気のせいか」
「何?」
「あの時に見せた殺気、あれは生半可な人間が見せられるものではない。
本当の地獄を見た奴だけが出せる憎悪。貴様にも『殺したい人間』がいる。
違うか?」
クリスの言葉が胸に刺さる。
彼の言っている事はほぼ的を射ていた。
しかし、彼とクサナギは決定的に違う所がある。
「ああ、確かに俺は殺したいほど憎い奴がいる。だがな! お前みたいに
誰でもいいから殺したい奴と一緒にするな! 俺は、そんな奴が
だいっきらいなんだよ!」
その言葉に、クリスは静かに刀を構える。
前のめりの前傾姿勢。
腰の辺りに両手で刀を握り、踏み込むと同時に切る構えだ。
「……奇遇だな、俺も貴様みたいな甘っちょろい奴は嫌いでな。
それに、言ったはずだ。今度邪魔をすれば次は無いとな」
一瞬で空気が張り詰める。
もはや戦いは避けられない状況。
この時二人は互いに共通して感じているものがあった。
それは……。
『目の前に居るこの男が気に食わない』