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高校3年生である俺は深く悩んでいた。
何故悩んでいるのかと言うと、担任が出した課題があまりに厄介なものだったからだ。
それは課題といっても数学や英語みたいな勉強系ではなく、ある意味勉強よりも難しいものかもしれない。……それというのは、将来についてどうするかというものだった。
言わゆるあれですよ。学生が避けては通れぬ進路について。
これがまた俺には難題だった。理系文系は高2でテキトーに決めたのだが、いざしっかりしたどうこうしたいというのは、まだ俺の中にはなかった。
家に帰宅した後もずっと考えていたが思いつかない日々を繰り返し、何も浮かばないまま1週間。
朝。まさかの今日が課題提出日だ。
本気で最悪すぎる。これが決まらないと居残りとかありえないだろ。ゲームとラノベを読む時間……俺のフリーダムタイムが失うのだけは、耐えがたい!
しかし、だからと言ってテキトーに書くっていうのも難か嫌だった。
やはり意識はしてないものの進路については一度きりの人生だし投げやりにはしたくないんだと無意識のうちに思うのだろう。
まぁ、ぐだぐだ考えたって仕方がないよな。
そう思った俺は居残る決意をして、進路調査の紙を白紙のままにして家を出た。
登校の道でも俺はなりたい職業を考えながら自転車をこいでいた。
昔はサッカー選手に憧れていたっけな。実際、地元のクラブに行ってたが、3年でやめてしまった。
今思うと続けてたら、今頃はな~なんてバカな妄想をしてしまうことがよくある。
そういえば、妄想といえば……勇者にも憧れていた気がする……。
王から指名受け、モンスターを倒して、新たな技を身につけ、ボスを倒し、姫を救って、ハーレ……、ごっほんごほん。まぁ、そんな妄想ばかりしてたっけな。
…………主に中二の時に。
俺は恥ずかしくて死にたくなる記憶を押さえ込み、自転車を漕ぎ続ける。
実際、今でも勇者になりたい気持ちはなくもない。けど、どんなに妄想しても、それは叶いようがない夢だってことを理解してしまったから、もうそんなくだらない妄想はいつしかやめていた。
だけど、異世界もののラノベはめちゃくちゃ読むけどなっ!
いつものように学校に着いて、授業を受けて、いつも通りに友達と他愛のない雑談をする、そして、今日は居残りさせられると…………そうなるはずだった。
学校までの道のりはいつも自転車を使い10分かかるくらい。俺が約3年間通る道は人通りも少なく、とても気持ちよく自転車を乗れるベストロードであった。そして、交差点を渡ろうとしていた時。
一匹のちょいデブの黒ネコがとぼとぼと歩いている様子を俺は眺めていた。
「めちゃくちゃ可愛いなおいっ!」
と思わず口に出しそうに、いや、もう出しちゃったけど、それぐらい可愛かった。
だが、次の瞬間俺のなごやかな表情が一瞬で硬くなる。信号は赤。右からかなりの速さで走る車が一台。朝だから急いでるのか制限速度よりもけっこう速い。
「おいおい。ウソだろ」
確実にあのデブネコの歩くスピードじゃ間に合わない。だからといって、遠くから来るあの車がネコの存在に気付いたとしてもあのスピードじゃ、急ブレーキしても間に合わない。
こうなったらやけくそだあ!
「ああああー俺のバカヤロおおおーーー!」
俺は赤信号にも関わらず、走ってネコの元へダッシュしていた。自分でも驚いたが、けっこうな距離あったはずなのに俺は車が来る前にネコが歩く所に追いついたのだ。
さすが元サッカー少年。と自画自賛してしまうほどだ。
これはギリギリ間に合うかもっ!
これでフラグを立ててしまったのかもしれないと俺は後悔したが、もう遅い。ネコを前へ吹っ飛ばすと俺も車に衝突して吹っ飛んだ。
空中に浮かんでいる状態の俺は、痛いって感情は意外にもわかなかった。というか、時が遅く感じる。
聞いたことはある、人が死ぬ間際は時間遅く感じるらしい。たぶん今俺はその状態なのだろう。
まさか自分がそれを経験する日がこんなにも早く来るなんて……。
まだ女の子とのイチャイチャ経験もまだないのに。
俺がこんなことするとか、ヒロイン助ける系ラノベ読みすぎたせいかもな~。
くそ~、まだ死にたくなかったぜ。
てか、普通こういうのって女の子を助けて好かれるフラグのはずだよな? なんで猫?
そもそも俺死ぬのかよ~。
親とか友達に、なんで猫なんかのために、とか言われるだろうな~。
はぁ。何やってんだよ俺。
ふと思い出し、前を見ると、猫はギリギリ無事だったようだ。
でも、まぁいいか。
俺……
俺猫派だし……。
次の瞬間、俺は頭を強く強打したのか、すぐに意識を失った。
そして、俺は死んだ。
***
意識が薄っすらと戻ると、まず木の匂いが俺の鼻に入ってきた。
少し強めのこの匂いで、徐々に意識がはっきりしてきた俺はゆっくり目を開け、目を丸くする。
「こ、ここは……」
いったいどこだ? 辺りを見渡しても今自分が横たわってるベッド、木製の壁と木製のタンスやらと、とにかく木ばかり。
学校でもないし、俺の部屋でも、病院でもないだろう。そういう医療機器も見当たらないし。もちろん、ここに見覚えはまったくない。
そもそも、俺はなぜ眠ってしまったのかを思い出そうともう一度目を閉じた。
たしか俺は学校に行く途中に……猫がひかれそうになって……飛び込んだら逆に俺がひかれて……。そうだ俺車にひかれたんだ。
俺は慌てて自分の体や頭を触ったが痛みも傷も見当たらなかった。
あんなに完全にひかれてたのに傷ひとつない? てか、痛くもないってさすがに……まさかここ天国とか!?
そう思いマンガでよくやるほっぺをつねるという行為をしたが普通に「いてえっ!」
少し冷静になり、俺が部屋中を見渡していると、この部屋に唯一ある扉が開く音がした。
「おぉ〜起きたか〜〜」
ドアから現れたのは口調の軽いじいさんだった。
堅いは年の割にガッチリとしていて、顔立ちは外国人のように鼻が長いが、完全に外国人というわけでもなくアジア人らしさも地味にある。
長い髪と同じ色の白ヒゲを手で撫でながら俺の元まで近づいて来た。
「そう警戒せんでもいい。ワシは君に害を及ぼすつもりはない」
そう言うと両手を上げる素振りを見せニッと笑う。近づいて見るとやっぱハリポタの校長にしか見えなくなってきた。
「自分の名前はいえるか?」
「……い、い」
あれ? 名前は言えるけど、苗字が出てこない。なんでだ?
俺の額に少しばかり嫌な汗が流れる。
俺が思い出そうと焦っていると、じいさんは口を開いた。
「ちょいと頭を強く打ったのかもしれんな~」
俺とは違って冷静な目の前のじいさんは、ベッドの横にある椅子に腰をかけると椅子がギシっと音を鳴らした。
「…………」
俺は自分の苗字が出てこないことにショックな俺は静かに答えた。
「……誠太です」
「ほお、セイタか。ふむ、いい名前だな」
そう言うと、じいさんはまた深い笑みを浮かべ、俺の頭をポンポンと叩いた。
この年になってまさか、頭ポンポンされるとは……。
ベッドから上半身を上げた俺はじいさんに尋ねた。
「ここは一体どこなんですか?」
まず俺は、今一番気になっていたことを率直に聞く。するとじいさんは一瞬、俺を心配するような表情で見た気がしたが、すぐに笑みを含んだ顔に戻り答えた。
「世界の東を治める人の国。レグリ国のシュレータにあるワシの別荘じゃ」
べ、別荘だと、このじじいの……じゃなかった。レグリ国? シュレータ?
聞いたことないぞ、そんな土地名。さすがに交通事故で海外に飛ばされることもねえだろうし。
これは……。
俺はある確信を得るためにもう一つじいさんに聞いた。
「俺はどうやってここに?」
「おまえさんは森で一人倒れておったからワシがここまで運んだんじゃ」
はいこれ来ましたーー!
このパターンは俺がいつも読むライトノベルパターン!
つまりここは…………。
異世界なんじゃないか?
それなら今までの不思議な痛みや、このよくわからない怪しい国名すら、納得がいく。異世界モノあるあるにかなり当てはまっているし、これはあるぞ。
俺は少し興奮気味にじいさんに続けて尋ねる。
「ここには魔法とか敵はいますか?」
「もちろん魔法あるが、剣術もあるぞ?それと敵か……」
言葉を止めると、表情を強張らせたじいさんが言葉を続けた。
「敵というのも敵なのだが…………ただの敵でもない。絶対に滅ぼさないとならぬ化け物ならおる」
これで確信を得た。
あのじいさんの表情からして、嘘を言ってるようには見えないが、まずは外に出ないと始まらない。
というか、外に出たい! この目で色々な物を確かめたいそんな衝動に俺は駆られた。
異世界にいきなり来て、こんなことは普通の人なら思わないかもしれないけど、いや今時は思うかもしれないが。
俺は今、不安や恐怖よりもワクワク、ドキドキしてる! どこの少年漫画の主人公だよ。オッスとか言いそうだなおい。
外に出た俺は自分の目を疑うような光景が広がっていた。
俺が寝ていたこの家は、かなり高い位置に建てられていたようで、澄み渡る水色の空が届きそうなくらいだ。
そして下を見ると、そこには緑の大地が広がっていた。
風とともに草木の匂いが俺の元まで届く。心が洗われるように落ち着く匂いと風に俺は少なからず癒された。
なんといっても俺が驚いたのは、大地に見たことのない動物いや、モンスターがいたからだ。
見た目はイノシシのようだが、長く長い角が生えていたり、手のような枝がついた切り株が動いていたりと。そこにはRPGにいそうなモンスターたちがいた。
「すげえ……」
無意識なうちに口出るほどの光景だ。
「ほんとにここは」
これで俺は完全な確信を得た。
「……ここは正真正銘の異世界だ!」
と俺が感動に浸っていると、横に立っていたじいさんが口を開いた。
「ん? モンスターがそんなに珍しいのか?」
俺の顔を見たじいさんは不思議そうに尋ねてきた。
「ああ……そうですね。俺が居たとこには生では見たことないかったです」
ちなみに生でというのはテレビとマンガでは見たことがあるということだ。
「えっと、このモンスターは害を及ぼしたりしないんですか?」
「なに? そんなことも知らないのか? モンスターは昔から人間に害を及ぼすものじゃ」
やっぱりそうだよな。と俺が納得するとじいさんは続けて俺に説明した。
「そのモンスターを倒すのが勇者の役目じゃないかい」
この世界には勇者の存在があるのか。ってことは……俺勇者なんじゃね? 異世界に転生された=俺主人公=勇者。あは、あははははははは。
「おまえさん何にやにやしてるんじゃ? 気持ち悪いぞ」
じいさんが細目で俺を見つめると、話を続けた。てか、心の中で笑ったつもりだったのに、顔に出ていたとは……。
「だが、勇者にはそう簡単にはなれん。だから、勇者候補者たちは学園に通い。
そこで勇者になった者は魔王を倒すべく旅に出るじゃないか。そんなことまでも知らないのかい?」
さすがにじいさんに怪しまれてるよな。いっそのこと本当のことを言うか?
いや、俺のラノベ経験からすると言っても信じてくれないだろうな。
「実は記憶が曖昧で、色々と忘れてるみたいなんですよ」
俺の下手な嘘にじいさんは黙り、じっと俺の目を見つめる。
「…………」
「…………」
な、なんだ? 俺の嘘がバレたのか?
「そうか……それは大変だったな」
ふぅ~、バレてないみたいだな。一瞬ビビったぜ。
「ところでだが、おぬし勇者には興味はないか?」
大アリだ!!
「もちろんッ!」
俺が強く首を縦に振ると、じいさんはにやけ顔のまま顎ヒゲに手をやる。
「おまえさん、運がいいのお~」
じいさんは何やら偉そうに腰に手を当てると、
「ワシ、その勇者育成学園の学園長なんじゃよ」
「えぇぇぇええええ」
ただのじいさんかと思いきや、すげえじいさんじゃねえか!
今のうちにコネとかうっとかないと。
「おまえさん、良い眼をしておるな。素質があるぞ……ワシの目に狂いはない」
「俺、勇者になれますかね?」
いや、絶対なれるよなじいさん!
「さあ? やってみんとわからんよ?」
「うぐっ」
じいさんのさっきよりも愉快げな表情に思わず下唇を噛んだ。
やってやるよ。すぐに俺の主人公ヒーロー物語をお見せしてあげますよ!
と、意気込んで右手をぎゅっと強く握った俺であった。
そして、この日から俺の修行が始まる…………はずだった。
それは、修行1日目の昼のこと。
「お~い、ちょっとこぉ~~い」
俺はじいさんの家から少し離れた所で、腐った切り株に向かって剣を何度も斬りこんでいた。
この修行はじいさんにやれっと言われ、早朝からやっているんだがこれがまた一苦労。
剣はなかなか重いし、腰が痛くなるし、正直一振りするだけでもかなり辛い。
あれ? 普通、異世界に行った主人公って、なんかわからないけど魔法が、剣がうまく使える! とか、体が軽く感じる! とか、そういうもんじゃなかったっけな。
まぁ、俺のタイプは修行してる間にいきなり力が解放されるパターンかもな。焦らずゆっくり待つとするか。
「いつまで~そこでぶつぶつしゃべっておるのじゃ~。さっそとこんかい!」
おっと、つい自分の世界に入ってしまった。早く行かないと。
ここでおさらいをしとこう。少し前の会話を思い出してくれ……。
『おまえさん、良い眼をしておるな。素質があるぞ……ワシの目に狂いはない』
そして今、じいさんの目の前で言われた言葉がこれだ。
「おぬし才能がないのお~。おまえさんじゃ、勇者にはなれんな。ふぁっふぁふぁふぁ」
お前の目狂ってんじゃねえか! 昨日と言ってること真逆だろうが!
あと、笑い方めちゃくちゃ腹立つな。
「どういうことですか? 俺……勇者になれない?」
俺は今すぐ色々なことをこのクソジジイに訊きたかったが、いったん我慢してまず一番気になってることについてを尋ねた。
「そうじゃ、お前さんの力じゃ、勇者には絶対になれんな。ふぁふぁふぁ」
じいさんの言葉に目が眩んだ。今の言葉が何度も頭の中で繰り返される。
『勇者には絶対になれんな』
『勇者には絶対になれんな』
『勇者には絶対になれんな』
『勇者には絶対になれんな』
『ふぁふぁふぁ』
やっぱムカつくな、あの笑い方!!
ここで俺の勇者への道は閉ざされたのであった…………。
完。
「って、こんなところで終わってたまるかあぁぁああああああ!!」
空しく俺の叫びが山に響いた。
更新遅れてすいません。
今回は前のお話に修正、追加いたしました!
次回は勇者育成学園に行きます!お楽しみに!
ではでは!