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『箱男』

作者: タミヤケイ

『箱男』


 困った事になった、何がどう困ったかと言うと、

 目が覚めたら、私の頭が箱で覆われていたのだ。

 ある朝目が覚めたら虫に「変身」していたというカフカの小説があったが、あれはなんというタイトルだったろうか?

 こまった、落ち着け、こまった・・・。

 箱には一つだけ直径15㎝程の穴が開いていて、そこから、ギリギリ外を見ることができた。

 一先ずその穴から自分の姿を見てみようと、私は鏡向かった。

 鏡の前で箱の表面に触れてみる、箱は頭をすっぽりと覆っており、かなり硬い素材でできているようだ。

「なんだこれ・・・」

 声が箱の中に反響する。これではほとんど外には聞こえないだろう。

「どうしよう…とりあえず電話しないと…」

 小刻みに揺れながら、体を斜めに傾ける。見た目にはかなりおかしなポーズだが、穴から外を見るにはこれが一番見えやすい。

 なんとか携帯を探し出し、会社に電話しようとボタンに指を置く。

 今日は朝から大事な会議が入っていたはずだ、何とか代わりのものに出席を頼まなければ…。

 しかし、何個目かのボタンを押した時、私の指は止まってしまった。何度かけても会社に電話がつながらないのだ。

 自分ではしっかりとボタンを押しているつもりだが、なにせ穴から確認できる範囲は狭い。もしも会社につながったとしても、箱が邪魔して携帯は耳につかないから、相手がなんと言っているかほとんどわからなかいだろう。

「ほんとにこまったぞぉ…」

 携帯を片手にごそごそとしていると、いつの間にか私の肩に誰かの手が置かれていることに気がついた。

 私が驚いて体を震わせると、手の主は「穴」の前に移動して、箱に響くように声をかけてくれた。

「―ん?―うぶ?―わーしょう」

 これは…由美の声だ。そうか、彼女が来ていたのか。

 由美とは仕事で知り合い、付き合い始めてもう三年になる。彼女がいつ来たのかははっきりと思い出せないが、今はそんな事はどうでもいい。なんとか箱のことを…この場合病院に連れてってもらったほうがいいのだろうか?

 とにかく、なんとか彼女に状況を説明しようと、彼女の顔を穴の中に収める事を試みた。しかし、彼女はなぜかパタパタと急がしそうに走り回り、なかなか「穴」のなかに捕らえる事ができない。

 なんとかジッとしてもらおうと手を差し出すが、逆につかまれてしまった。

 つかまれた手にチクリと痛みが走る。驚いている間に、由美はどこかに行ってしまった。


 その後、由美が私を訪ねてくることはなくなった。今では母が私の世話をしてくれている。

「箱」は私の頭の周りから消える事はなく、日によって穴の数や大きさを変えた。

 穴が大きい時や、二つ以上開いている日などは調子がよく、自分で周りの状況を確認できるが、時には箱に穴がまったく開いていない日もあった。そんな時は世界の全てが私を攻め立てているような気持ちになり、私は恐怖で部屋から一歩も動けなくなってしまった。

 そんな時、母は何も言わずにただ私のそばにいて声をかけてくれた。

 言葉は、忌々しい箱にさえぎられてなんと言っているかはっきりとは聞き取れなかったが、私を励ましてくれている事が漂う空気でしっかりと伝わってきた。

 私も、母に「ありがとう」と何度も呟いたが、箱の中で反響した音は、きっと外には「うーうー」としか聞き取れなかっただろう…。人に気持ちを伝えられないと言うのは、本当に辛い。


 最近は、穴の数や大きさの調子がいい日には外出をする。はっきりと外界を把握する事は残念ながら難しく、お金の支払いや、切符などの購入は困難になったしまった。財布やお金の種類がわからないのだ。

 しかし、母の助けをかりればなんとかなる。私はまだ好きなところにいける。

 母には本当に感謝しなければならない。思えば迷惑ばかりかけてきたが、最後に頼れるのは恋人や友人ではなく、血のつながった家族だ。


 先日、母と電車に乗っているとき、私と同じように頭に箱を載せた子どもを見かけた。

 彼の箱にあいた穴の奥の目は、私をしっかりと捉え、まるで自分に似た生き物を観察しているようだった。

 私はその目が怖かった。何か、思い出したくない事がその目の奥に書かれているような気きがしたからだ。

 恐怖のあまり、知らぬ間に声を上げていた私を、母は「―さん。電車の中ですよ」と窘めて、出口に向かった。母と子どもの親は知り合いだった様で、去り際にお互いに会釈をしていた。親の首から下げられた身分証には何か難しそうなことが書いてあったが、今の私には理解する事は難しかった。ただ、私の頭の周りを箱が覆ってから、母の首にもあれがかけられている。

 あれはいったい何なんだろう…。

 そんな事を考えていると、いつの間にか家についた。母は「―さん、ホームに着きましたよ」と私を部屋まで連れて行くと、どこかに行ってしまった。次ぎ会えるのは来週の今日だろう。

 母には、本当に感謝しなくてはならない。こんな私を世話してくれるのは、彼女しかいないのだから。



                                    終わり

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