8話
部屋はシンとしていた。そんな中、悠貴は、気難しそうな顔をしていた。
残るは、悠貴を含めて15人。彼らにとって、やっとここまで来たかってところだろう。だが、次に行く人がなかなかいない。他の人たちは、キョロキョロしていた。
沈黙の恐怖が悠貴らを襲う。もちろん、その間も誰も行こうとしない。刻々と時間は過ぎていき、気づけば二時間近く経っていた。
「誰も行かなくなったのお。わしが指名してやろうか?」
カーリババがのそのそと動く。周りが、ざわざわし始めた。誰かが行けばいいものの、誰も行こうとしない。それもそうだ。恐怖の扉の向こうには、あのオカメ人形がいる。それに彼らは怯えていた。
カーリババが指名をすると言い、少し経った。ほんの数十秒だろう。悠貴の後ろから女の声が聞こえた。
「…あたし、行く」
その声は、すぐ前にいた悠貴でも聞こえづらい、か細い声だった。カーリババにその声が聞こえたのか、椅子から立ち始めていた体制を、元の状態に戻した。後ろにいた女が、悠貴の前でゆっくり歩く。さっき崩れ落ちるように座っていた女性だ。彼女の後ろ姿は、凛としていて、どこか不思議な雰囲気を醸し出していた。悠貴は、彼女をどこかで見たことがあった。その後ろ姿を、目で追いかけ続けた。
彼女が扉の前で立ち止まる。悠貴らは、固唾を飲んで見守った。扉が開く。真っ白な光に照らされた彼女は、一歩ずつ扉の中へ入っていった。光が彼女を包んでいき、扉の中が真っ暗になる。扉はゆっくり怪しげな音を立てながら、バタンと大きな音をたて、閉まった。
それから数時間、音沙汰がない。部屋にいる皆が下を向き、女の無事を願った。カーリババは、ブツブツと何かを唱えるようだった。女は今頃、あのオカメ人形に食べられているのだろうか、向こうにちゃんとつけるのだろうか。などと、悠貴の頭の中は、暗い内容しか浮かんでこなかった。
そんな悠貴の頭の中が、一気に安堵へと変わった。モニターに激しい音とともに、明るい文字が浮かび上がったのだ。部屋は安堵の空気に包まれていた。そして、また一人、また一人と部屋から部屋へと移っていった。
部屋の人数はあと五人になっていた。残り五人は悠貴を含め、男性のみ。リュックかばんを背負った若めの男性から、スーツを着た中年の男性、綺麗めの私服を着た年を召した人まで様々だ。その中から、野太い声で
「私がいこう」
と言った男は、小太りで、さっきまでパーティーに行っていたかのような、綺麗なスーツを着こなしていた。
誰でも、どこか気に触るような雰囲気で、堂々と扉の前まで歩いて行った。カーリババも、あまりいい顔はしていない。
男が扉の前に立つ。
「さあ、私に幸福をもたらしておくれ」
と言いながら、神に助けを求めるように、堂々と手を広げた。
扉が開く。男は、ごくりと生唾を飲んだ。開く扉の中は暗い。扉の前にいる彼以外は、皆察した。カーリババに限っては、クックックと笑っている。扉の前にいる彼も、半分開いてきたくらいからやっと気づいた。そして諦めたのか、挙げていた両手をおろし、目は死んだようになっていた。
扉の前に現れたそれは、悠貴らのことを細い目でグリングリン見ながら、自分の下の獲物に目をつけた。これでもう4、5人ではなかろうか。男は、ジタバタするが、そいつには敵わない。どれほどの力で抵抗しても、噛み付いても絶対に敵わない。無敵の存在と言ってもいい。彼は、やつの脇下に抱えられ、扉の中に連れて行かれた。
「嫌だ、やめろ、やめろ! やめろおおおおおおおおおお!!!」
男は扉の向こうで、無駄な悲鳴を上げる。部屋に残された人達にとって、恐怖を煽るものでしかなかった。
またシンとなる部屋。沈黙の恐怖がまたしても彼らを襲う。
一人の男が立ち上がった。スーツ姿で年齢は2、30代くらいだろう。彼の目には正気がなく、とてもではないが、生きているようには見えなかった。まるで死人だ。無言で扉の前まで歩く。フラフラとしていて足元は覚束ない様子だった。
『あのまま行って、オカメ人形に食べられたりしないのだろうか…』
悠貴は少し不安になった。それは案の定現実になった。扉の前に立ったスーツ姿の男は、正気のない目でゆっくりと扉が開くのを見ていた。扉の中は、半分開くまでは光を帯びていたのだが、半分を過ぎたあたりから光を失い、暗い扉の中から、あの大きなオカメ人形が現れた。男の目は、さらに正気を失い口が開いていった。ほんの少しでも希望を持っていたのだろう。男は悠貴らの方に体を向け、情けないほどに腕をバタバタさせ、助けを求めた。
「やだ、やだ、オレはまだ、死にたくない!! 嫌だあ!!」
男は、這い蹲りながら悠貴らに助けを求めるが、男の後ろにいるオカメ人形が彼を追いかけてきている以上、逃げられない。彼はあっさり捕まった。オカメ人形は、すごく嫌な笑みを浮かべた。そこにいるターゲットの背筋が凍った。オカメ人形は、その場で彼の体を真っ二つに噛みちぎった。その瞬間、男の血が悠貴らの足元と顔にかかった。男の下半身がボトリと床に転げ落ち、その血は床の上を流れていく。オカメ人形は、上半身を噛み砕く音とともに、下半身を拾い上げた。その姿は、飢えたライオンだ。ゴクリと飲み込む音さえも鮮明に聞こえ、悠貴らは、さらに身震いした。下半身を咥えたまま、オカメ人形は扉の中へ戻っていく。扉が閉まった途端に空気の緊張はとけ、悠貴の近くにいた男の一人は、恐怖のあまり足を震わせ、腰を抜かした。
残りは悠貴含め3人となった。彼らはみんな私服だ。扉へ向かうのは、早い者勝ちとなった。チェックシャツの小太りでメガネをかけ、大きめのリュックを背負った、悠貴より少し年上らしい男が、扉の前へ走っていき、扉の前に立つ。扉は、彼が走っている時にはもう開き始めていた。幸い、扉の光は失わず、男は扉の中へ入っていった。
数十分しても、モニターにゴールの文字が出てこない。悠貴ともう一人の男は、モニターをじっと見つめていた。十分、二十分と時間だけが過ぎていく。その場にいた誰しもが、諦めかけた。もう十分して、やっとモニターにゴールの文字と華やかな音楽が聞こえてきた。部屋にいた悠貴らは、安堵のため息を漏らした。
残り2人となり、悠貴ともう一人の男は、顔を見合わせた。
「あとは、俺ら2人です。どっちが行きますか?」
悠貴がそういうと、男は何も言わずに、だんだんと後ろに下がっていった。悠貴に順番を譲っているかのようにも見える。男は、少し笑みを浮かべていた。悠貴は、行けと言っているように見えたらしく、だんだんと扉に歩みを進めていった。
扉が開くのを待つ。悠貴が後ろを振り向くと、男はまだ笑みを浮かべていた。悠貴は正面を向いたが、まだすごくドキドキしていた。恐怖と、緊張と、いろいろな感情が入り交じる。心はすごくモヤモヤしていた。
扉が開いた。悠貴は不安を持ちながら、扉の中へ入っていった。




