7話
それから一時間近く誰も喋らなかった。
あんな光景を見て、喋れる奴がいるわけない。むしろ、今のこの状態がぴったりだと思われる。悠貴の頭中で鮮明にあの光景がリピートされながら流れていた。
無言が続く中、女が呟いた。
「あの人、食べられたのかな…?」
震える声でそうつぶやいた女は、手で顔を覆い、首を振りながら
「嫌よ、死にたくない」
と言った。
このゲームが始まって、誰もが思っていることだ。
その女の泣き崩れる顔を、悠貴らはただ見ることしかできなくなっていた。
恐怖心が打ち勝って、周りのことは見えていない。自分のことしか考えなくなってしまっている。そんな状態なのだ。
そしてまた一人の男が呟いた。
「次は、誰が行くんだ…?」
その男の言葉には、誰も反応しなかった。シンとしたこの空気には、恐怖と死という文字しかない。
『このままではゲーム終了できなくなってしまう。だが、俺だってあいつには食べられたくないという恐怖心がある。ここで誰かが行ってからの方が安心していけるのだろうが、カーリババが言うには、あの人形はランダムで俺達を襲いに来る。そうしたら、もし次俺が行ったとしてもあの人形が出てくる確信は半々だ。』
悠貴は、葛藤しながら考え込んでいた。
「俺が行こう」
そう切り出したのは、重明だった。悠貴は恐る恐る重明に聞いた。
「父さんいいのかよ…、あの人形、いつどのタイミングで現れるのかわかんないんだぞ?…怖く、ないのかよ?」
そう尋ねたが、悠貴も重明の答えはもうわかっていた。彼の手が震えている。
「誰も行かないのなら、俺が行く。そうでもしなきゃ、進まないだろう?」
そう言って重明は、あの大きな扉の前へと歩みだした。
重明が大きな扉の前に着いて、悠貴はごくりと生唾を飲んだ。重明は悠貴の方へと振り向いた。悠貴にとってその姿は凛々しく、とても格好良くて尊敬する。だが、悠貴の心の中は不安でいっぱいだった。
重そうな扉が開く。と同時に悠貴の動悸が激しくなっていった。何故か中は最初の時とはあきらかに違う。真っ暗に包まれた中は、何も見えなかった。
これはまた、出てくるのか…?
そう思った悠貴だが、重明はそそくさと中へ入っていった。扉がバタンとしまったあとは、ほとんど何も起きなかった。
『父さん、大丈夫かな。』
そんな悠貴の心配は、すぐに終わった。相変わらず派手な音と派手な画面が出る。その後、クリアした人の顔と名前が出てくるようになった。
『画面が進化してる、一人やられたからか?それとも最初はデータがちゃんととれていなかったのか』
重明がクリアしたらホッとしたらしい悠貴は、真剣な眼差しで画面を見つめていた。
「あのおっさん、クリアしたな」
一人の男が、周りにいる人たちに言う。
「次は、誰が行く?」
また周りがざわざわし始める。彼らは困惑の表情を浮かべていた。
悠貴にも行くという選択肢はあった。だが、悠貴にとってもあのおかめ人形はさすがに足が震える。
沈黙のまま時がすぎる。悠貴はずっと考えていた。
『誰かが行ったほうがいいのだろうが、誰も手をあげる気配もない。ここは、俺が立ち上がるべきか。』
仕切りもつがず、悠貴は頭を巡らせていたが、一人の女が呟いた。
「私が行くわ」
明らかに若い女の人だった。彼女がそう呟いた数秒後、周りにいた人たちは少し遠ざかり、悠貴から彼女がはっきり見えるようになった。16歳くらいだろうか。周りに親と見受けられる人はおらず、彼女だけがぽつんとそこに立っていた。
「私が行く」
そう言って、彼女は1歩ずつ歩みを扉の方へ進めていく。
ゆっくりと扉が開き、彼女は光に包まれていった。数分が立ち、みんな緊張の面持ちでモニターを見つめる。誰しもが、彼女の無事を祈っていた。
「あんなに若いのに、なぜだろう…」
悠貴は少し気がかりになっていた。
女は無事にゴールし、モニターを見つめていた部屋の人々もホッと胸をなでおろした。その後も何人か、自分から進んで扉の前に立ち、モニターでゴールの文字が出るたび、残る人たちの緊張が高まっていった。
次に、自分から進んで扉の前に立ったのは、スーツを着た男性。みたところ、スーツかばんも持っている。自宅に帰るところのサラリーマンなのだろうか。目にクマをつくり、いかにも寝不足で頑張って働いていますという感じの人だ。
彼が扉の前に立つ。自動的にそれが開き、眩い光で彼を照らしながら、消えていった。
だが、数時間してもモニターにゴールの文字が出ない。彼になにかあったのだろうか。待つ人たちの顔が歪んでいく。と、そこでカーリババが口を開いた。
「あーあ、あやつ食われおったか」
その言葉で、その場にいた人たちの顔から血の気がサッと引いていった。
「じゃ、じゃあ…」
悠貴のそばにいた女が口を開いた。
「わかったろ?わしが言った約束を破ったら、さっき行ったあやつの様に、食われるぞ?」
さっき喋った彼女が、崩れるように座り込んだ。カーリババは、そのまま続けた。
「あやつ、早く帰らなきゃなどと言っていたのだろうな。そのせいで、あの人形が反応して、食われたのかもなあ」
なんとも怖いことをサラリという。ここにいる人々が、またその人形のことを恐れた。
それからは、また1人、また1人と無事にゴールしていった。何人かはあの人形に食われたのか、数時間してもモニターに何も起こらず、カーリババは、そのまま続けていく形をとっていた。そして、残るは、数えられるほどになっていた。




