えばーえばーあふたー
「大好きよ、ラミー」
透けるような白い手が涙で濡れた頬に触れた。
ラミーと呼ばれた少年は整った顔を涙で歪めながら、寝台に横たわる彼女に縋りつく。
「嫌だよ!死んじゃ嫌だよ、アリサ!」
寝台に横たわる少女ーアリサは、患うと死に至る、流行病にかかり、もう瀕死の状態だった。
「待ってて、僕がなんとかするから!絶対、アリサを死なせたりしないから!」
少年は立ち上がり、勢いよくその場から飛び出し、ある場所へ向かった。
王城の中にある教会だ。
少年はこの国の王の子として生を受けた。
いわば王子だった。
「僕の名は、ラミレス。婚約者のアリサを助けて欲しい」
王子は一人教会の中で叫んだ。
そう、ラミレス王子をラミーと愛称で呼ぶアリサと王子は結婚を約束した仲だった。
「ラミレス…。お前はこの国の王子だ。国を背負っていく身。そんなお前のためになんとかしてやりたいとは思うが彼女はもう助からないだろう」
どこからか、そんな声が聞こえた。
王子はその声がこの教会の主、神だということにすぐに気付いた。
「何故!?」
王子の叫びは悲鳴のようだった。
「帳簿に彼女の名前が載っている。もう、じきに、アリサは息を引き取るだろう」
「そんな…」
王子はその場に倒れるようにうずくまった。
神が言った帳簿というのは、死ぬ人間の名前が書かれているもので、王子はその意味をすぐに理解した。
「…。今までのお前はよく出来た王子だった。仕方ない。お前のためになんとかしてやろう」
うずくまった王子を哀れに思ったのか神は突然そう言った。
王子ははじけたように顔を上げる。
「城の中にアリサと同じ名の者がいるかどうか調べろ」
神は王子にそう命じた。
「その御心は?」
王子は神の言葉の意図が分からずそう言うと神ははっきりと言った。
「お前の愛しのアリサの代わりに、他のアリサを死の世界に連れて行く」
王子は息を飲んだ。
しかし、決断した。
彼女のためなら僕は悪にでもなろう、と。
流石にアリサと家名まで同じ者は見つからなかったが、侍女の中に一人、アリサという名の者がいた。
そのことを王子は神に報告すると、アリサの様態はどんどんよくなっていった。
それと同時にどこからか、城の侍女が不信な死に方をしたという噂が流れた。
そして、完治したアリサと王子は結婚し、王子が成人するとともに王位を継ぎ、二人は幸せに暮らした。
…
……
………
…………
しかしめでたしめでたしで、終わらない。
私の前世は「アリサ」だった。
しかし、王子に愛されたアリサではない。
侍女の、代わりに殺された方のアリサだ。
私が死ぬとき、神と名乗った人が全てを教えてくれた。
私にはそれを知る権利があると。
そして私はその記憶を持ったまま、現世を生きることになる。
どうしてだか忘れられないのだ。
そして、なんの悪戯か、高校進学の折り、王子と再会した。
前世と変わらない、整った容姿のままだ。
まだ、王子の婚約者だったアリサ様は見つけられていないが、王子とアリサ様は転生するなら一緒だろうから注意しときたい。
とにもかくにも、前回のようなことにはならないと思いたいが、触らぬ神に祟りなしだ。
なるべく関わらないように、と避けまくって、二年目。
「ねえ、沼津茉莉さん」
神様は仕事をしているのだろうか?
進学と同時に王子(元)と同じクラスになった。
そして、今、手を掴まれて話しかけられていた。
「あ…はい」
仕方なく答えると、王子(元)はキラキラの笑顔で微笑んでいた。
くそ、イケメンだからって!!
「ははっ。そんなに怖がらないでよ」
彼は困ったように、そしてなんだか少し寂しそうに笑いながら、私の手を離した。
少し安心して、手をさすりながら彼の出方を待っていると、彼は一つ深呼吸して言った。
「俺とお友達になってください」
と。
「え?」
「はぁ?」と言わなかった自分はかなりえらいと思う。
そんなことより、なんで私が彼にそんなことを言われなければいけないの?!
前世のことは私しか覚えていないとしても、現世の彼はその整ったお顔立ちにプラスして、優しさ装備で、頭も良いという、高スペック人間なので、もちろん大層おモテになっている。
私はというと、全体的に中の中(運動は中の下)だし、特に目立ったものはない。
「突然そんなこと言われても困っちゃうよね。ごめんね」
と、彼はしょんぼりとその場を離れようとする。
その姿をみたことがあるような気がする。
気がするだけで、心あたりはないのだが…。
「ま、待って!」
気が付けばそう言っていた。
「よろしくお願いします」
私は自分の手を差し出して言っていた。
心が少し軽くなったような気がした。
もとから前世のことで王子を恨んだことはなかった。
仕方ないことだと思うしかなかったから。
アリサ様と王子はお互いに依存しているところがあった。
それは周りの大人が政略結婚のために仕組んだものなのだが。
もし、アリサ様が死んでしまっていたなら王子も死んでしまっていたかもしれない。
そう思うと、神は正しい選択をしたのだ。
まあ、今世ではそんな死に方はしたくないけどね。
「ありがとう」
彼はそう嬉しそうに笑った。
彼の今の名前は、辻田修というらしい。
私は彼を修と呼び、彼は私を茉莉と呼ぶことになった。
それから私の生活は大きく変わって行く。
その日、一緒に下校してから、お互い帰宅部だったため毎日共に下校するようになり、朝もなんでか毎日遭遇する。
ここまでされると怖い…。
身の危険を感じた私は修にそれとなく、やめてほしいということを告げると、しょぼんとされてしまい、結局「まぁいいか」と思わされてしまう。
「友達だから」
「友達でしょ?」
なんて言葉に騙され、修と私は学校生活の大半を一緒に過ごすことになった。
ある日、修が風邪を引いて、学校を休んだ。
学校帰りそのまま、私はお見舞いに修の家に行った。
修の両親は共働きらしく、修は一人で家にいた。
なんだか放っておけなくて、おかゆを作って、修に食べさせることにした。
「ありがとう、茉莉」
と、修は嬉しそうな顔でお粥を食べた。
こうやって可愛い顔をしておいて、私にストーカー紛いのことをするので性質が悪い。
「どういたしまして。じゃあ、それ食べてゆっくり寝なよ。私そろそろ帰るから」
と私が立とうとすると修は私の制服の裾を引っ張った。
「まだ行かないで。もう少しそばにいて…」
可愛い。
そう思うと同時に、私はその姿を誰かに重ねているような気がする。
そして、修にこう言われると私は抗えない。
「もう、仕方ないなー」
そう言って私は座った。
しばらくすると、修は小さく寝息をたてはじめ、私はすることがなくなったのでそこで読書を始めた。
一段落ついたところで、お粥の片付けを始めようと台所を借りるため、一階に行った。
片付け終わるともう時計の針は20時を回っていた。
「茉莉、茉莉ー!」
修が私の名前を呼びながら階段を降りてくる音が聞こえた。
リビングで私を見つけると修は嬉しそうに笑い、
「まだ帰ってなかったんだ」
と言った。
「修が帰るなって言ったんでしょ」
「そうだね」
私は修の額に手をあて、熱を測る。
大分下がっていた。
「大分体調も良さそうだし、私、帰るね」
と私が言うと、
「寂しいけど、うん。分かった」
と修は残念そうに言った。
こんな、男前で長身のなのに、私は時々修がとても小さい子供に見える時がある。
まあ、修が精神年齢が低いってことだよね、と一人で完結して、
「じゃあね」
と、私は家路についた。
私達は一つ学年が上がり、新入生が入る時期になった。
入学式の日。
私達は最上級生として、新入生の胸に花をつけていた。
「入学おめでとうございます」
何度目か分からないこの言葉を言い、胸に花をつけて顔を上げると、目眩がした。
まだ幼さの残る顔。
身長は修より少し低いくらいだ。
直感で分かった。
あー、王子だ。
この人がラミレス王子だ。
修は王子じゃなかった。
確かに似ていたが、王子じゃなかった。
そもそも、私は遠目で修を見た時に、王子かも、と思っただけで、その後、急激に接近したせいで感覚が鈍っていたのかもしれない。
とりあえず、その場をやり過ごし、入学式は無事終わった。
それから修との距離はもっと近くなった。
王子と思ってガードを固くしていたところがあったのかもしれない。
そんなこんなで、季節は流れ、私達の高校卒業の日。
誰もいない教室で私はなんとなく、窓から外を眺めていた。
「沼津茉莉さん」
そう呼ばれて振り返る。
修に初めて話しかけられた時のことを思い出した。
そこにいたのは、あの一年生、ラミレス王子(元)だった。
修に出会う前だったら驚いて慌てていただろうけど、修のおかげで色々なことに慣れてきた。
「はい?」
そう答える。
「あの、あ、えっと…」
一年生の男の子は言いずらそうにしているだけで何も言わない。
「茉莉!」
声が聞こえ、
さっきまで女の子に囲まれていた修が教室に入ってきた。
「今日は茉莉の家で卒業旅行の計画するんでしょ?早く帰ろう」
修が女の子に囲われていたから、仕方なく教室で時間潰してたっていうのに…と文句を言いたいところだが、そんなこと言ったって意味のないことだとわかっているので言わない。
修は私の手を引いて教室から出ようとする。
一年生の男の子は結局何も言わず、私はその横を通り過ぎて言った。
そういえば、あの一年生、ーラミレス王子の近くにアリサ様らしき人がいなかったけど、どこにいるんだろう?
少し考えたが、すぐに思考のどこかに飛ばされる。
修に抱きしめられたからだ。
「修っ!?」
「ねぇ、茉莉。いい?もうだいぶ我慢したよね?」
修は我慢とは真逆の人間だ。
一体なにを我慢してたっていうのよ。
「茉莉。大好き!愛してる」
突然の告白に驚いていると、大きな手が私の頭を支えた。
唇と唇が触れ合う。
「うっん、、んん?!?」
苦しいっ!!!
私は修の胸を叩いて、やっと修は離れてくれた。
「ねっ!返事は?」
返事をする前に口を塞いだのはお前だろ!
「茉莉!茉莉!」
私が黙っているので修がじれたように言う。
「仕方ないなー。私も大好きだよ!」
「茉莉ー!」
もう一度強く、私を抱きしめた。
結局私は修に弱いのだ。
そして、修に「茉莉!」と呼ばれるのが嫌い…じゃない。
高校時代、修は茉莉に近付く男子を排除し、茉莉の両親と仲良くし、うまく外堀を埋めた上で、恋人同士になった。
大学になっても、修は茉莉のそばを離れず、あれよあれよのうちに茉莉は修と結婚させられてしまう。
そして、修との息子を生み、息子を見て、修の前世を思い出し、今まで感じた気持ちに納得することになる。
結局茉莉は諦めたように「仕方ないなー」と呟くが幸せに暮らしたとな。
そして、あの、前世の記憶を持ったままのラミレス王子(元)が茉莉に謝りたくて近付くために頑張るのはまた別の話。
…
……
………
…………
「アリサ!アリサ!」
小さな男の子が、侍女のスカートを引っ張る。
「何ですか、ユーリア王子」
侍女はかがみ、その小さな男の子、ユーリア王子と視線を合わせる。
「どこにいくの?アリサ!」
「お仕事ですよ。ユーリア王子はお部屋にいてくださいね」
「やだー!アリサといっしょにいるー!」
ユーリア王子はだだをこねる。
アリサは困ったようにユーリア王子を抱き上げた。
「また、ここに戻ってくるので、少し待ってて下さいね」
アリサは諭すように言うが、ユーリア王子は首を縦に振らない。
「アリサとずっと一緒にいたい!」
「ずっと一緒には難しいですね…」
「あっ!じゃあ!アリサとけっこんしたら、ずっといっしょにいられるの?」
最近兄王子、ラミレス王子とその婚約者の結婚の噂が多く流れてくるためか、賢いユーリア王子はそう言った。
段々と面倒くさくなってきたアリサは周りに人がいないことを確認して、
「そうですね、結婚したらずっと一緒ですね」
と言った。
「そっかー!じゃあ、ぼく、アリサとけっこんする!」
嬉しそうに笑うユーリア王子。
そんな、王子をかわいく思いながら
「そうですね、早く大人になってくださいね」
と、言い、ユーリア王子を床におろした。
数年後、アリサが死に、ユーリア王子の性格は変わっていった。
アリサの不信な死の理由を知った、ユーリア王子はその賢い脳を使い、 全ての力を使って兄王子、ラミレスとアリサを城から追い出した。
ユーリア王子は王になり、王として子供を作るためだけに、何人かの側室を持って、正妃は持たず死ぬまで、アリサを想い続けた。
「茉莉!ずっと一緒だよ」
まんまと罠に嵌められたら茉莉は、修のその呪いめいた言葉を聞きながら、今日も眠りにつく。
ーめでたしめでたし
最後まで読んでくださりありがとうございました。