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佐保姫と筒姫-春と夏の陽射し-

 思いがけない対面は、あの日と同じ城内の一室。

四年の月日が過ぎ様と何等変わりのない空気を纏って。

御互い同じタイミングで口を吐き、また同じ台詞。

口元を隠して照れた笑いを浮べるのも同様に。


「保春院様、久方振りに御座います……」


「雛姫こそ、変わりなく過ごされていたか?」


 懐かしむ眼差しと、淑やかに気品感じる物腰と滑らかな動作。

嗚呼、矢張り……。御父上様よりも御生母様に面差し似ていらっしゃる。

時を経ての再会は尚更そう私に実感を与えた。

隣に座す政宗様が保春院様の突然の御訪問で神経を尖らせる。

苛立ちを直に表情として浮かべて、早々に席を立とうと膝を突く。

保春院様と私は、その気配察して互いに苦笑いを浮べた。


「少し、徒然に昔話に耳を傾けぬか政宗殿。

 そなたは不在であったため、あの日を知っては居るまいに……」


「……なっ?」


「喜んで御付き合いいたします。

 保春院様の語られる話とは、もしや……?」


 立ち去ろうとする政宗様の羽織と袴に両手を掛け、宥めて用件を聞かせる。

一室の雰囲気は主によって左右されるもの。

穏やかで落ち着いた今を得るため、私は二人へと心配る。

和やかに午後を迎えては如何でしょうかと?


「そうであるな、会いも変わらず雛姫は聡く優しい御子。

 全く政宗殿には勿体ない程の娘じゃな……。

 まぁー女を見る目が在る……と、我が息子を褒めてやろうと思うてな」


 淡々とした会話に潜む秘密。

歳月を経ての今が立場、御互い位置を確認する為に穏やかに昔話を紡ぎだす。

事の始まりは時を経て既に四年も前となっていた。

何等変わりのない意思と決意を纏い、私達は咲く笑みを浮べて頷き合う。 

思い出すかの様に保春院様は虚空へと視線を這わせた……。

義理の母上様の口元に含む笑いが存在している。

けれども、傍らの政宗様は口辺に不信を湛えて睨んでいた。



     佐保姫と筒姫  -春と夏の陽射し-



 

 米沢城内を案内するのは山家やんべ国頼様。

私が心に背負うには荷が重く、歩む足が強張る理由が其処にある。

山家様は最上が主君の妹姫が嫁ぐ際、髄臣となり伊達家に仕えた御方だ。

言わば最上氏縁、於東の御方の懐刀でると知っていての事。

汗ばむ両手と肢体、倣い襖を隔てた廊下に膝を突いて頭を下げる。

一礼した山家様が室内へと窺いの御声を聞く。


「留守殿の御息女、雛姫様を御連れいたしました」


 開かれた襖により室内の様子は明確。

上座に座る男性の姿を拝し、私は即座に人影に心当たりを描いた。

一目見ての近親感、父上に似た穏やかで才気漂う風貌は間違いない。

そう、彼の御方が十六代当主輝宗様に他ならならぬと当たりを付けた。


「於義、どう言う事だ……?!」


「政景殿の娘子を我が手元で養育したく思いました。

 先ずは、殿の御許しを得たいと連れ参ったので御座います」


 私を城へと招いたのは於東の方様である。

間違い無いと確信して、私は頭を垂れて続く言葉に身構えた。 

身体を強張らせつつ、促され命じられるままに面を上げ、室内に漂う覇気と圧力で身が竦む。

端近へ寄った彼女の射抜く視線と気配、怜悧な眼差しが艶やかな口元を引き締め、彼女の存在感は増していた。

御顔を向けて上座の輝宗様へ含む声音で告げる意向。

白い御手がゆるかやに我が頬に伸びた。


「そなたの生母は我と同じ斯波一門の出。

 人情厚く外交手腕に優れる政景殿の御子ならば尚更、申し分ない。

 血筋も教養にも優れれば、我が養い子に迎えようと……思うてな?」


 膝を立てた輝宗様に向け、於東の方様は軽やかに告げた。

唐紅の腰巻を纏い嫣然と“良い話で御座いましょう”と。


「藤次郎(政宗)と田村氏の娘には、何も望みませぬ。

 嫁して三年にも為ろうに、未だに田村の娘子は“ままごと道具”で幼稚に一人遊び。

 我が心砕いて親身になろうにも頑なに拒む。

 侍女の躾けも無ければ、目に余る幼さ……。

 真に辟易なので御座います」


「藤次郎と愛姫の問題、御前が口出しする事で無かろう」


 招かれた部屋は城の奥座敷。

極内輪、身内の茶席にお招きでは無かったのか?


「私が知らぬとでも御思いなのですか?

 竺丸を擁立すべしとの嘆願を。

 田村宗殖殿(輝宗公の叔父)が百三十を越える連判状を出された事を……」


 

 苛立つ輝宗様に頭を振って動向を唱え、彼女は強く語尾を上げた。 

これは家督相続の話題ではなかろうか?

無知は罪だと……改めて思う。

会話に内容に付いて行けず、幼き成で一人取り残されてしまう。

ただ、於東の方様の傍らに座すしか選択肢はなく。

面前で交わされる会話に不安と愁色浮べ、呆然と御二方を傍観するのみである。

言葉端を拾うのならば、百三十を越える連判状。

私を“養育する”は何を意味する。

輝宗様の御顔を拝見した次、知る事と為った。


「藤次郎は伊達の嫡男である。

 私は……廃嫡など考えても居ない」


「田村氏に凡愚と器量不足を取りだ足され、譜代家臣の不満を煽る種を放置なさるか。

 伊達の世継ぎには竺丸こそが相応しいとの声を、無視なさる御積りなのですか?」


「そなたの考えは判らないでも無い。

 藤次郎の後見役である政景の娘、雛姫を竺丸の婚約者に仕立てる事で……。

 そう、家臣の派閥を緩和するが御前の目的なのだろう……」


 一層張り詰めた空気が私を恐怖へ追いやる。

静まり返った部屋に吐息が亘る。

自嘲と揶揄を含む呟き、頭を振って輝宗様は口を開く。

穏やかな眼孔を直に据え、於東の方様へと厳しい言葉を放たれた。

一時逡巡するかの様に戸惑った言葉、告げられた真実は驚愕を孕んでいた。


「……もう遅いのだ、於義。

 私は既に、執権である金山盛備殿の御推薦を受けた。

 竺丸は元服を待たずに芦名盛氏殿の養嗣子へ入る手筈。

 あれの同意も得て、既に返事を出してた」


「竺丸を……あの子を、芦名の養子に出すと仰るのですか?!

 未だ十歳である我が子を手放し、芦名へ差し出すと……仰るのですか」


 目を見開き嘲笑を浮べ放つ佳人。

伺い知れぬ戸惑い、於東の方様の御顔には隠せぬ愁色と深い憂色が浮かぶ。

上座に座る輝宗様に悟られぬ様、突如に俯いた横顔が垣間見えた。

嗚咽を堪える肩が震え、次いで涙が流れ見えた。


「兄弟で家督相続を争っていては、家臣の統制も国力も衰える。

 伊達家に衰微を招いては為らない。

 天文の乱の様な内紛が起きては、戦国の世を生き抜けないのだ。

 判ってくれ……於義」


 淡々と言葉を告げる輝宗様。

泣き崩れた於東の方に、私は驚き露わとにじり寄る。

困惑を重ねつつも、気丈な女性が泣くのは余程の事と知っているから。

柔らかな肩を震わせる嗚咽が、張り詰めた静寂の部屋へと広がる。

宥めようと、慰めようと言葉を捜すが、逡巡する思考には思いつく詞華など無い。

危うい立場と知りつつも彼女の背に手を這わす。


「……於東の方様、どうか泣かないで下さいませ」


 白磁の肌が怒りと動揺で蒼白となり、秀麗な美貌が震え嘆く。

涙を恥じる暇さえ無いのだと、ならば……慰めの言葉など必要ない。

寄り添って背を擦り、只祈る事しか出来なかったのだ。


「雛姫は政景と乙竹殿の一粒種。

 行く行くは昭光殿(実弟の石川氏)か盛重殿(実弟の国分氏)より婿を取らせる心算と聞いた。

 取り上げては駄目だ諦めろ、政景や黒川殿の心中も察してやれ……」


 彼女の背中を擦る私の腕が、突然捕らわれた。

目元に涙浮べた峻烈たる顔立ちが、戸惑う私の面前に迫る。

なんとも強固な意志が見え隠れする面。

伸ばした腕先を頭に乗せらて、私を胸元へ押し付けた。

改心する笑みと声が、頭上で声高に響く。


「……ならば、私が雛姫の婿を選びます。

 我が最上氏からでも伊達家からでも構いません。

 血筋に教養と、これぞ似合いの良き男子を探しましょう……。

 殿、其れならば宜しいでしょう、御許し下さいますでしょう?」


「於義、最上と縁ある子供かもしれんが、雛姫は伊達政景の子だ」


 輝宗様の伸ばされた御手が私を引き離そうと腹に回る。

取られまいと私を抱きしめる於東の方様。

何とも微妙な気配を漂わせ、あの日は城内の一室に監禁された。

今でこそ、笑い話に成り果てた時を経ての発端。

既に四年も前、於東の方様が私達の婚姻に反対する意思など無かったと。


 * *


 連々と語りて、夕刻過ぎてまでの昔話となってしまった。

其れ故に御食事、夕食を一緒にと保春院様に勧めたのは良案である。

しかし、食事のお給仕を申し出た事に、不服とされては義に反するではないか。

保春院様にコレは否めぬ事だ……と、私が不満を申し立てた。

そう、頑なにお櫃を抱えて杓文字を握って。


「義母上様に御給仕差し上げて何が悪いのです。

 娘の仕事と諦めて御任せ下さい。

 保春院様、御早く茶碗を御渡しくださいませ」


「な、何を言っている……!!

 久方ぶりに合った娘に、我が御飯よそってやろうと言っているのじゃ。

 早う、雛姫がお櫃を渡すがよろしかろう」


 配膳された食事を目の前にして争う二人に、戸惑う美津と侍女達。

侍女頭を務める喜多は、右往左往と落ち着きが無い。

政宗様は私と保春院様を見比べ、溜息一つ眉に皺寄せ傍観するのみ。

だが、呟いた鶴の一声にその場が納まる。


「……雛姫は母上の御給仕をして差し上げよ。

 そして、母上が雛姫の給仕をすれば言い争う必要など無い」


 喜多にお櫃を一つ持って来させ、保春院様の隣に据え置く。

顔を見合わせた私と義母上は、置かれたお櫃と政宗様を見比べた。

御互い同じタイミングで息を吐き、また同じ様な台詞。


「政宗様は機転が利かれる」


「其れはとても良い……政宗殿、妙案じゃ」


 口元を隠して照れた笑いを浮べるのも同様、彼女達は御互いに頷く。

雛姫を室に迎えた事を“見境なし”と、詰るかと思っていた生母、保春院。

其れを悟って身構えていた。

覚悟して居ただけに肩透かしを喰らった。

杞憂に終わってしまった心配事は、今や案ずる必要など無かったかの様相で和んでいる。

斯波の血族である雛姫を室に迎えた事を褒められたは真に心外。

考えように四年も前、既に保春院に懐き彼女を手懐けていたのか、我が室は?

これは、随分と人誑しだったな……侮れぬ女だ。

嫁姑の和やかな食事風景を観して、改めて我が室の本性を思う。

取り敢えずは、自らも冷めては不味いと手を合わせる。

箸を取りて食事を先に始めた俺が居た。



-小言・独り言-

 史実では芦名氏への養嗣子計画は失敗に終わる竺丸君。

個人的に政宗様と小次郎君の歳の差は七歳説推奨。

大河ドラマ「篤姫」に伊達宇和島藩主が出るらしいので、初代宇和島藩主秀宗公に撫で斬りされた山家やんべ氏を登場させました。実際は息子が切られたのですが、山家父君は於東の方の腹心ですから~なの選択。小手森城で約八百人を撫で斬りした政宗様ですものね、親子は似ますね、撫で斬り。

 愛姫の「ままごと」と、雛姫様が保春院様への御給仕で御飯をよそう「ままごと」を重ねての食事風景ですが、此方の元ネタは篤姫と和宮が勝海舟の屋敷で起こした有名で微笑ましい出来事です。

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