表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

夢見昼顔-淡く儚げな思い-

 二章・成実様で梅桃08の裏設定。

  彼女の不在時に屋敷を訪れてしまった。

頼んでいた品が出来上がり、早速送ろうと揚々と訪ねたのが拙かったか。

 突然の訪問を驚くこそすれ、彼女の家人等は好意的に迎える。

既に顔見知り、気安げに奥座敷へ通すのが証拠と言えよう。

話では直ぐに戻ると言うのだが……。

しかし、待たされた場所が場所だけに居心地が悪い。

この部屋は彼女の私室。

続き間の奥には萌黄色の小袖が掛けてある。

品良く整えられた室内、仄かに漂う彼女愛用の香。


「うはーぁ、やっぱり女の子の部屋だ」


 文机に彼女の手で文字が書き連ねてあった。

五・六枚を重ねて文鎮で纏められていた文。

悪いとは思いつつ、好奇心には勝てず手に取って眺める。


「相変わらず凄い筆跡に文章力……。

 確かに女にしておくの勿体無い才能だし。

 男だったら、俺や政宗様の側で祐筆や重臣に即決定だよねー」


 墨の濃さを確める文字に、漢字を確かめる様子。

真面目に筆を持っているかと思えば、他愛の無い悪戯書きもある。

文字に見える其れは、植物の姿だったり。

雛姫の意外な一面を知ったと、微笑み続けて三枚目・四枚目を捲った。

五枚目に目を通すと、それは和紙に所狭しと書き連ねた文字列。

所々に修正を入れ、訂正しては書き直しを繰り返した手の込んだ下書き……。

悪いとは思いつつも文面を追って気が付く。


「え…っ、ちょっとこれって、何?!」


 更に続きを読むべく六枚目を捲り、文字を追う毎に我が目を疑う。

それは紛れも無い、疑うべくも無い内容。

頬が高揚し、耳朶までもが赤くなるのを自覚する。

清書されて整った文面、華やかに流麗な文字列。


「ちょっー雛姫、誰に書いたの、これって恋文しょ?!」


「……確かに、其れを分類するならば恋文になりましょうね。

 恋する御人に宛てた手紙だとするならば、間違いなく……」


 角盆を持った俺の婚約者が、廊下に佇み睨んでいた。

呆れている風であり、怒っては居ない様子だが。

勝手に彼女の文を覗いたのは俺。

突然の婚約者の登場に驚き、慌てて紙の束を文机に戻した。

非常にマズい現場、居た堪れなく申し訳なくって平謝りをする。


「ゴメン、黙って無断で机の上の物を読んじゃった……」


「成実様を咎めるなど私は出来ません。

 むしろ、お待たせした私にこそ非が有りましょうから」


 何とも珍妙な面持ちの我が婚約者殿。

少し困った表情で柳眉を下げ、俺を眺め深い溜息を吐いた。


「先ずは、誤解を説かせて下さいませ」


 上座に席を設け、成実様に座してもらう。

美津が用意してくれた、柿の葉茶を面前へ出して頭を下げた。

恋文を書いたのは事実だが、ソレを勘違いされては困る事となる。

婚約者たる成実様に誤解されては、私の立つ瀬が無い。


「とある御方から恋文の代筆を頼まれたのです。

 立場上御断りが出来ずに引き受けはしました……が、悩みました。

 初めての経験と書き慣れない文面で、弘子様に協力を仰ぎ先略完成させたのです」

 

「これって、代筆だったのか……焦っちゃったよ」


「驚かせてしまいましたか?」


「……非常に、うん」


「二人で大変頭を悩ませた文面なんですよ。

 成実様が御覧になたったのは、その下書きですが……」


「依頼主が誰とか、ダレに送るか検索はしなでおくね」


 乾いた笑いと疑心が同居する口角。

身の潔白を信じて貰いたいが、我が心情は穏やかではない。

表面上は繕いながら彼女の様子を伺った。


「下書きでも十分な威力だと思うよ。

 貰った奴はスッゴク照れるし、嬉しいんじゃないかな。

 この可愛らしい文字と、率直な想いと言葉綴りってのが……」


 雛姫は嬉しそうに声を弾ませた。

柔らかく歓喜の笑顔を見せ、俺へと詳しい説明を起こす。 


「弘子様と二人で苦労し練り上げた詞華なのです。

 相手が読んだ際の反応を想像し、赤面せずには居られない恋文を……と。

 反応を予測して狙って文面を考え抜きました」


「貰ったヤツは、確実に挙動不審で動揺したり羞恥するね!」


「……成実様から、お墨付き頂き安堵しました。

 やはり、殿方への恋文ですから貴重な意見は有難いです」


 成実は今し方読んだ文章を思い出した。

生まれて此の方、恋文なって貰った事無いが実に心擽る文面だったと。

羨ましい、非常に羨ましい……。

そんな思いが沸き立って来た。

ましてや文の筆を執ったのは、自らの婚約者なのだ。

恋文かぁ、好いな……欲しいな。


「直ぐに色紙に清書して、弘子様にも報告しないと……」


「うん、あのさ……雛姫。

 御願いなんだけど、俺宛にも恋文を書いてくれない?」


「えぁ…ぁ……はぁ?!」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らった様な、呆気に囚われた顔。

目を見開いた婚約者殿は動きを止めた。

彼女の驚きの表情を眺め、嬉しくて目尻が下がる。


「雛姫、見開いた目が落っこちそうだよ」


「えっ……と、私が成実様に恋文を書くのですか?」


 彼女は普段、凛として表情を余り崩さない。

常に見せるのは穏やかに笑んだ、淑やかな風情。

こんな表情を垣間見れるのは、俺だけだと嬉しく思う。


「その力作の恋文を貰った奴に、俺は嫉妬しちゃうのです」

 

 動けずに座す雛姫の顔を覗き込む。

膝を突き身を乗り出し、俺は目線を絡め再度頼み込んだ。 


「だから、俺の為だけに雛姫が書いてくれると嬉しいのです」


「……ぁ、ぅ承りました」


 満足のいく返答を貰え、俺は乗り出していた身を元に戻した。

嗚呼……と、屋敷まで訪ねた用向きを思い出す。

丁度良い贈り物、いや物々交換の品になるだろう。

一人悦に入って口辺に笑みが漂う。

上座脇で持参して来た包みを解くべく、俺は腕を伸ばす。

丁寧に包まれて中から現れたのは、彼女を思って染めさせた反物。

打掛へと仕立てた艶のある絹地と錦が、彼女を鮮やかに引き立てる仕様。


「雛姫の為に仕立てたんだ」


 恥しげに未だ俯く彼女の頭上。

広げた打掛を被衣代わりに、俺はふわりと彼女に被せる。 


「等価交換って事で、此れ貰って下さい。 

 直筆の恋文を心待ちにしておりますよ、我が婚約者殿」


 真夏の野に咲く、儚げな昼顔の様相の人。

まどろむ優しけな桃の色彩は、彼の貴人が姿に映えるだろう。

袖端は濃淡の違う紅梅、緩やかに彩って裾へと流れ広がるのだ。

きっと彼女の優雅さに花を添える、艶やかな打掛になろう。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ