夢見昼顔-淡く儚げな思い-
二章・成実様で梅桃08の裏設定。
彼女の不在時に屋敷を訪れてしまった。
頼んでいた品が出来上がり、早速送ろうと揚々と訪ねたのが拙かったか。
突然の訪問を驚くこそすれ、彼女の家人等は好意的に迎える。
既に顔見知り、気安げに奥座敷へ通すのが証拠と言えよう。
話では直ぐに戻ると言うのだが……。
しかし、待たされた場所が場所だけに居心地が悪い。
この部屋は彼女の私室。
続き間の奥には萌黄色の小袖が掛けてある。
品良く整えられた室内、仄かに漂う彼女愛用の香。
「うはーぁ、やっぱり女の子の部屋だ」
文机に彼女の手で文字が書き連ねてあった。
五・六枚を重ねて文鎮で纏められていた文。
悪いとは思いつつ、好奇心には勝てず手に取って眺める。
「相変わらず凄い筆跡に文章力……。
確かに女にしておくの勿体無い才能だし。
男だったら、俺や政宗様の側で祐筆や重臣に即決定だよねー」
墨の濃さを確める文字に、漢字を確かめる様子。
真面目に筆を持っているかと思えば、他愛の無い悪戯書きもある。
文字に見える其れは、植物の姿だったり。
雛姫の意外な一面を知ったと、微笑み続けて三枚目・四枚目を捲った。
五枚目に目を通すと、それは和紙に所狭しと書き連ねた文字列。
所々に修正を入れ、訂正しては書き直しを繰り返した手の込んだ下書き……。
悪いとは思いつつも文面を追って気が付く。
「え…っ、ちょっとこれって、何?!」
更に続きを読むべく六枚目を捲り、文字を追う毎に我が目を疑う。
それは紛れも無い、疑うべくも無い内容。
頬が高揚し、耳朶までもが赤くなるのを自覚する。
清書されて整った文面、華やかに流麗な文字列。
「ちょっー雛姫、誰に書いたの、これって恋文しょ?!」
「……確かに、其れを分類するならば恋文になりましょうね。
恋する御人に宛てた手紙だとするならば、間違いなく……」
角盆を持った俺の婚約者が、廊下に佇み睨んでいた。
呆れている風であり、怒っては居ない様子だが。
勝手に彼女の文を覗いたのは俺。
突然の婚約者の登場に驚き、慌てて紙の束を文机に戻した。
非常にマズい現場、居た堪れなく申し訳なくって平謝りをする。
「ゴメン、黙って無断で机の上の物を読んじゃった……」
「成実様を咎めるなど私は出来ません。
むしろ、お待たせした私にこそ非が有りましょうから」
何とも珍妙な面持ちの我が婚約者殿。
少し困った表情で柳眉を下げ、俺を眺め深い溜息を吐いた。
「先ずは、誤解を説かせて下さいませ」
上座に席を設け、成実様に座してもらう。
美津が用意してくれた、柿の葉茶を面前へ出して頭を下げた。
恋文を書いたのは事実だが、ソレを勘違いされては困る事となる。
婚約者たる成実様に誤解されては、私の立つ瀬が無い。
「とある御方から恋文の代筆を頼まれたのです。
立場上御断りが出来ずに引き受けはしました……が、悩みました。
初めての経験と書き慣れない文面で、弘子様に協力を仰ぎ先略完成させたのです」
「これって、代筆だったのか……焦っちゃったよ」
「驚かせてしまいましたか?」
「……非常に、うん」
「二人で大変頭を悩ませた文面なんですよ。
成実様が御覧になたったのは、その下書きですが……」
「依頼主が誰とか、ダレに送るか検索はしなでおくね」
乾いた笑いと疑心が同居する口角。
身の潔白を信じて貰いたいが、我が心情は穏やかではない。
表面上は繕いながら彼女の様子を伺った。
「下書きでも十分な威力だと思うよ。
貰った奴はスッゴク照れるし、嬉しいんじゃないかな。
この可愛らしい文字と、率直な想いと言葉綴りってのが……」
雛姫は嬉しそうに声を弾ませた。
柔らかく歓喜の笑顔を見せ、俺へと詳しい説明を起こす。
「弘子様と二人で苦労し練り上げた詞華なのです。
相手が読んだ際の反応を想像し、赤面せずには居られない恋文を……と。
反応を予測して狙って文面を考え抜きました」
「貰ったヤツは、確実に挙動不審で動揺したり羞恥するね!」
「……成実様から、お墨付き頂き安堵しました。
やはり、殿方への恋文ですから貴重な意見は有難いです」
成実は今し方読んだ文章を思い出した。
生まれて此の方、恋文なって貰った事無いが実に心擽る文面だったと。
羨ましい、非常に羨ましい……。
そんな思いが沸き立って来た。
ましてや文の筆を執ったのは、自らの婚約者なのだ。
恋文かぁ、好いな……欲しいな。
「直ぐに色紙に清書して、弘子様にも報告しないと……」
「うん、あのさ……雛姫。
御願いなんだけど、俺宛にも恋文を書いてくれない?」
「えぁ…ぁ……はぁ?!」
鳩が豆鉄砲を喰らった様な、呆気に囚われた顔。
目を見開いた婚約者殿は動きを止めた。
彼女の驚きの表情を眺め、嬉しくて目尻が下がる。
「雛姫、見開いた目が落っこちそうだよ」
「えっ……と、私が成実様に恋文を書くのですか?」
彼女は普段、凛として表情を余り崩さない。
常に見せるのは穏やかに笑んだ、淑やかな風情。
こんな表情を垣間見れるのは、俺だけだと嬉しく思う。
「その力作の恋文を貰った奴に、俺は嫉妬しちゃうのです」
動けずに座す雛姫の顔を覗き込む。
膝を突き身を乗り出し、俺は目線を絡め再度頼み込んだ。
「だから、俺の為だけに雛姫が書いてくれると嬉しいのです」
「……ぁ、ぅ承りました」
満足のいく返答を貰え、俺は乗り出していた身を元に戻した。
嗚呼……と、屋敷まで訪ねた用向きを思い出す。
丁度良い贈り物、いや物々交換の品になるだろう。
一人悦に入って口辺に笑みが漂う。
上座脇で持参して来た包みを解くべく、俺は腕を伸ばす。
丁寧に包まれて中から現れたのは、彼女を思って染めさせた反物。
打掛へと仕立てた艶のある絹地と錦が、彼女を鮮やかに引き立てる仕様。
「雛姫の為に仕立てたんだ」
恥しげに未だ俯く彼女の頭上。
広げた打掛を被衣代わりに、俺はふわりと彼女に被せる。
「等価交換って事で、此れ貰って下さい。
直筆の恋文を心待ちにしておりますよ、我が婚約者殿」
真夏の野に咲く、儚げな昼顔の様相の人。
まどろむ優しけな桃の色彩は、彼の貴人が姿に映えるだろう。
袖端は濃淡の違う紅梅、緩やかに彩って裾へと流れ広がるのだ。
きっと彼女の優雅さに花を添える、艶やかな打掛になろう。