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5 薄藍

 疲れを追い払うように、勇み足で廊下を歩む。すれ違う壱班の隊員にぎょっとした顔をされてしまい、そんなにひどい顔をしているのかと、須桜は少しばかり卑屈な笑みを浮かべた。

 やがて行き着いた雪斗の保護されている舎の前、歩みを止めて息を整える。戸を軽く叩き、合図に変えた。

「雪斗、入っても良い?」

「え!? お、おう、あー、でもちょっと待、いや、あー……」

「どうかした?」

 何やらガサガサと乱すような音が中から聞こえる。須桜は首を傾げ、雪斗の返答を待った。しばらくの後、仕方がないといった声音の、しぶしぶとした返事があった。

「えっと、入るわね?」

 遠慮がちに須桜は戸を開く。雪斗は寝台の上に身を起こし、どことなくバツの悪そうな表情をしていた。唇を尖らせるその顔色は悪くなく、以前を思えばずっと健康的だ。

「気分はどう?」

「前よりはだいぶとマシになった、かな」

 と、雪斗は包帯の巻かれた腕を見おろした。いつもかけている黒縁の伊達眼鏡が無いぶん視線を隠すものは無く、笑みを浮かべてはいるものの、瞳は不安を正直に物語っている。それでも雪斗は笑って、須桜に治療の礼を述べた。須桜は呆れた思いで、どういたしましてと言葉を紡ぐ。全く、意地っ張りばかりだ。

 ふいに須桜は気付いた。雪斗の脚にかけられた薄手の布団から、ちらりと紙が覗いている。やけにぐしゃぐしゃに折れ曲がったそれは、慌てて隠したことを物語っていた。

「あ、や、これは、そのだな!」

 須桜の視線に気付いた雪斗が、真っ赤な顔をして紙を布団の奥に押し込む。だが、急な動きに傷が痛んだのか、雪斗は両腕を庇うようにして背中を丸めた。

「だ、大丈夫?」

「――おう」

 咄嗟に須桜は雪斗の肩口を撫でさすった。食い縛った歯の隙間から息を吸い痛みに耐え、雪斗は震える声で答える。横顔には汗が滲んでおり、到底平気とは思えない。しかし痛み以上に、羞恥に堪えている様子だ。

 ふと感じた墨の香りに、須桜は視線を転じた。寝台の脇には硯があった。筆も墨もまだ乾いていない。つい先程まで書き物をしていたようだ。

 雪斗は背を丸めたまま、尚もごそごそと紙を布団の奥へ押しやり、もごもごと口を開いた。

「……その、演目、作ってんだよ。や、すぐに発表とかは考えてねえけどさ。いつか出来たらって、思ってよ」

「演目? すごい! 隠さなくても良いじゃないの」

「いや、隠すっつーの」

「何でよ、すごいのに」

 感嘆の声をあげる須桜に、雪斗はいやいやと首を振るばかりだ。何をそんなに照れる必要があるのだろうか。

「ね、見せて?」

 須桜は瞳を輝かせ、わくわくと弾んだ声で言った。

「は!? や、ムリ! ぜってームリ!!」

 しかし雪斗はぎょっとした面持ちで、ぶんぶんと強く首を振る。

「何でよー」

 断固として拒否の姿勢を崩さない雪斗に、須桜はむっと頬を膨らませた。

「もう、雪斗のケチ」

「ケ、ケチじゃねえよ! ただこれはムリ! ぜってー見せねえ!!」

 さらに背を丸め、雪斗は赤い顔で演目を隠してしまった。気にはなるが、ここまで拒否されるのなら諦めるしかない。仕方なしに、須桜は興味を失った素振りをした。傍らの椅子を引き寄せて、腰を落ち着ける。

 雪斗はほっとした様子で、体を起こした。その際にちらりと見えた演目は、到底綺麗とは言えない文字で書かれていた。それもそのはずだ、まだ充分に怪我は治っていないのだ。思うままに筆を操るのは困難だろうに。

 それでも書きたいと、作りたいと思う彼を心底すごいと思う。雪斗は根っからの傀儡師なのだろう。

 己の膝に肘をつき、須桜は目を伏せ思った。本当に、兄妹揃って努力家だ。紗雪も、いつだって努力している。勉学はもちろんのこと、苦手なはずの実技だって、ここのところは果敢に挑戦している。その心を、尊敬する。懸命に何かを手に入れようとする、その強さは敬う他にない。

 好きだ、と、ぽつり思う。二人とも大好きだ。会えて良かったと心から思う。大事な友人だ。

 傷つけるのは許さない。

「……紫呉、帰ってきたの」

 視線は伏せたままに告げる。雪斗がこちらを向くのが分かった。

「また、怪我してる」

 自然と笑いが漏れた。

「――馬鹿ね。ほんと、無茶ばっかり」

 須桜は大きく息を吐いた。

 護られるばかりで在りたくないと、そう願う紫呉の心は痛いほどに分かる。己とてそうだ。護られたくない。強く在りたい。弱さなど見せたくない。

「――なあ、平気か? その、疲れてるだろ」

「うん……。平気、ありがと」

「平気って顔か。隈ひどいぞ。顔色だって……いや、迷惑かけてるオレが言えたもんじゃねえけどさ」

「雪斗のせいじゃないわ」

 須桜は立ち上がり、雪斗の腕をとった。手早く包帯を巻き取りっていく。

「ありがとう。心配してくれるのは嬉しい」

 寝台の下から、薬箱を取り出した。清潔な布で傷口を拭い、消毒する。

「でも、今は意地張ってたいの」

 大丈夫だと、揺らぐものかと、言い聞かせていたいのだ。そうでもしないと、今にも崩れそうな弱い自分が顔を覗かせてしまう。

 雪斗は何かを言いたげにこちらを見上げたが、何も言わぬままに、すいと視線を逸らして俯いた。

「なあ、その……。紫呉とは会えるのか?」

 躊躇いがちなその声には、隠しようの無い心配が滲んでいる。

 須桜は返答に困った。面会自体は禁じられているわけではない。正式な手続きをおこなえば、一般の者だって会う事はできる。もちろん、監視のもとでではあるが。

 しかし、紫呉が監舎にいると告げて良いものか。監舎が何か、雪斗も耳にした事くらいはあるだろう。

 保護舎の外、蝉の鳴き声がする。壁を隔てた向こう側の蝉時雨は、幾分かやわらかく聞こえた。

 窓から射し込む陽光が、伏せた瞼に眩しい。視界の隅に、四角く切り取られた薄藍の空が映った。

「――あの、ね」

 包帯を綺麗に巻きなおし、須桜は雪斗を窺い見る。

「紫呉、監舎にいるの」

 逡巡の末に、須桜は真実を告げた。雪斗の険しい目つきが、常よりもさらに険しく尖る。

「すごく、苦しんでるみたい」

 思い出す。明らかに虚勢だと分かる、痛々しい姿。普段の彼ならば、もっと上手く虚勢を張るのに。

 それでも隠したいと思っているのだ。自分達には。二影には。弱さをさらけ出したくないと、見せたくないと、思っているのだ。

 ならば、気付かぬフリをしていたい。須桜自身は彼の弱さに触れたいと願っている。支えたいと願っている。どうか頼ってくれと思っている。側にいるから。いつだって傍らに在るから。願いながら、手を伸ばす。

 けれどもそれを、彼が望まないのならば。己の願いなど傲慢なばかりだ。

「支えてあげて」

 己では駄目なのだ。紫呉と須桜はどうあっても主と従だ。どうあっても己は「影」だ。光を追うばかりで、隣に並び立つ事は出来はしない。

「お願い」

 きっと、雪斗にならば弱さもさらけ出してくれるだろうから。


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