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1、紫黒

 玉骨付近で少年を保護したと、瑠璃治安維持部隊乾第壱班に連絡が入ったのは、明け方の事である。

 少年の特徴を聞き、身柄はこちらで預かると申し出たのは乾壱班の部隊長である橘莉功だ。おそらくは乾壱班の隊員、治療はこちらでおこなう、気遣いは無用、尻拭いは己たちでおこなう、と。

 知らせを受け、影虎は壱班保護舎へ急いだ。息を切らせて飛び込んだ保護者の寝台に横たわる姿を見て、思わず息を飲む。蒼白になった面が痛々しい。簡易的な治療は施されているものの、ほぼ手付かずのままである。汚れ、ずたぼろになった衣類もそのままだ。身元を慮っての事だろうとは分かっているが、勝手にも小さな苛立ちを覚えてしまう。

 寝台に両手をついて、顔を覗き見る。恐る恐る頬に指先を滑らせた。確かなぬくもりを感じ、安堵する。

「……紫呉」

 名を呼ぶも、反応は無い。瞼は閉ざされたままである。投げ出された手を取り、己の手で包む。だがやはり、返る反応は無かった。それでも、感じる脈と熱とが、冷えた心に安堵をもたらしてくれる。

 生きている。

 強く、手を握る。

 影虎はゆっくりと息を吐き出し、うるさい鼓動を落ち着けた。夏だというのに、やけに背が冷たい。伝う冷や汗が不快だった。

影虎はそろそろと手を離し、清潔な寝台の上に戻してやった。力無く投げ出されてしまう手に不安を覚える。手のひらに残った体温は、確かに彼の生を伝えてくれたというのに。

 しつこく紫呉の喉元に指を触れさせ、脈を確認する。そうしてようやく、己の指先に熱が戻り始めた事に気がついた。やっとの事で平時の拍で脈打つ心臓に、我ながら情けないと影虎は微かに自嘲を漏らした。

 汚れた紫呉の袖をたくし上げ、刺青を確認する。血が染み、色を変えてはいるものの、包帯は確かに彼の墨を隠してくれていた。巻き直された様子は無い。玻璃においても、こちらに帰ってきてからも、視認された様子は無さそうだ。如月の血統だという決定的な証拠は、晒されていない。

 ふいに戸を叩く音がして、影虎は振り返る。薬箱だの何だのをぶら下げた莉功が、入り口に立っていた。

「顔とか拭ったの俺だから安心して良いよ」

 気の抜けた声には、わずかな緊張を含んでいる。

「傷はちゃんと看れちゃいないけど。ほれ、どうぞ」

 と、手渡された一式を影虎は腕に抱えた。

「……ありがとうございました」

「何が」

「手配……ってか、何ていうか。バレねえようにしてもらって」

「……だってバレたら面倒くせえっしょ。ややこしいっつーか。俺がここ詰めてて幸運(ラッキー)だったねえ」

 莉功は手を伸ばし、額にかかる紫呉の前髪を指先でよけてやっている。その髪もまた血で汚れ、ごわつき、固まっていた。

「っつーか、何があったらこうなんの。や、誰とやりあったら、かな」

 心配を含んだ莉功の声は、影虎に向けられた言葉というよりも、ひとり言のようだった。影虎は答えずに、治療に必要な道具や薬を箱から取り出す。

「手伝おっか?」

「いや、大丈夫です。悪いんすけど、何か着替えさせる服持ってきてくれますか? あと、伝鳥ここに連れてきてくれるとありがたいです」

「あいよー」

 気の抜けた声で返事をして、莉功はひらりと手を振った。遠ざかる足音を聞きながら、影虎は手早く紫呉の服を脱がしにかかる。血で肌にへばりつく服が厄介だ。傷を増やさぬように気をつけながら、肌に貼り付く服を丁寧に剥がす。

 鼻をつく血の生臭さに、眉を顰めた。ほとんどは返り血だろうと思っていたかったが、目の当たりにした傷の多さに、思わず舌を打つ。

 薬で濡らした布で傷まわりを拭うと、紫呉が僅かに身じろいだ。意識が戻ったのかと思ったが、まだ目を瞑ったままである。苦しげに眉根を寄せていた。

 いったい、向こうで何があったのだ。早く聞きたかった。疑問と不安ばかりが募って仕方ない。

早く目を覚ませ。言葉をぶつける代わりに軽く頬を叩いてみる。だが紫呉の口からは、小さな呻きが漏れただけだった。嘆息する。早く声が聞きたかった。

 広げた胸元から、何かが転がり落ちた。地面に落ちる前に手を伸ばし、それを受け止める。

 小刀だ。鞘から抜く。汚れた様子は無い。

 影虎は息を詰め、その小刀に目を注ぐ。

 これは、紫呉のものではない。

 藍色の鞘には、辰の浮彫 (レリーフ ) 。雲の流れに悠々と泳いでいる。見るからに業物だ。柄は影虎の手に馴染まない。誰かに使い込まれた様子が感じ取れる。

 明り取りの窓から、暁の空が覗いている。紫黒に染められた空から零れた光を受けて、刀身が青く光る。

 刃を納め、影虎は小刀を己の懐に仕舞いこんだ。


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