7.居眠りとペナルティ(1)
私とアキは2人そろって、ベランダで空を見上げていた。
数年に1度の流星群があるという夜だった。ずっと前のニュースでそれを知って、私はこの夜を楽しみにしていた。カレンダーに丸をつけて、一緒に見ようとアキと2人で指折り数えて待っていたのだ。
けれど残念ながら空は重く曇っていて、星は1つも見えなかった。
がっかりして、私は唇を尖らせた。
「つまんない。流れ星、見れないじゃん」
「……うん。残念だね」
ベランダの手すりにつかまって、アキもため息をついた。
夏の終わりの頃だったから、もうコオロギや鈴虫の音が周りにあふれていた。涼しく乾いた風がプランターの花を揺らして、私たちの間を吹き抜けていった。ひどくさみしい気持ちになる夜だった。
「……楽しみにしてたのに」
ふてくされて、私はまた言った。大事な約束を破られたような気分だった。
なんだか涙が滲みそうになって、意味もなく地面を蹴飛ばした。
不機嫌な私の行動を見ていたアキが、首を傾げた。
「――じゃあ、流れ星見に行く?」
さらりと聞かれて、私はびっくりした。
「え、でも、曇ってるよ」
「がんばればたぶん、見えるよ。雲がなくなればいいんでしょう?」
そう言って、アキはちらりと窓の方に目をやった。その仕草で、お母さんたちには秘密のことなのだとピンときた。窓が閉まっているから家の中には聞こえないのだろうけど、私は声をひそめた。
「どうするの?」
「屋根の上に行こう。ベランダじゃやりにくい」
アキもささやき声で返した。
屋根の上、と聞いて私は尻ごみした。そんなところに上ったことがばれたら、お母さんからどれだけ怒られるか、考えるだけで恐ろしかった。
アキがまた、ちらりと家の中を窺った。
「今なら大丈夫だよ。すぐ戻ってこれば、きっとばれない」
アキは身軽な動作で、手すりにひょいと飛び乗った。
私はひやりとして、とっさに手で口元を覆った。細い足場は頼りなくて、アキの小さな足でもすべり落ちてしまいそうだ。危ないと叫びたいけど、大きな声を出したら、家の中の皆に気づかれてしまう。
アキはけろりと笑って、私に手を差し出した。
「怖がらなくても平気だよ。めーこは僕がちゃんと連れて行くから」
「怖がったんじゃないよ。あたしはアキが落ちちゃうんじゃないかって、心配したの!」
私はムッとして、アキの手を勢いよく掴んだ。勝手に、意気地なしだと思わないでほしい。
アキはちょっと目を見開いたあと、ぱっと嬉しそうに笑った。
何がそんなに嬉しいのか、私にはよくわからなかった。
「平気だよ。前に言っただろ?僕は――」
「――と。おい、いい加減にしろ、野田妹!」
すぐ横で怒鳴られて、私はびくんと飛び起きた。
「は、はい!」
反射的に返事をして、横を向く。角刈りの強面な男の人が、眉を上げて睨むように私を見下ろしていた。
一瞬、頭がついていかず私は固まった。このコワイ人は何?
でも、教室中に広がっていく忍び笑いで、やっと今が英語の授業中なのだと思い出した。かあっと、恥ずかしさで頬が熱くなる。
完全に、居眠りをしてしまっていたようだ。
「まったく、3年にもなってそんな授業態度じゃ、どうしようもないぞ」
指先で苛立たしげに私の机を叩き、英語の高科先生は教卓へ戻っていった。私は縮こまりつつ、ドキドキ鼓動の速まった胸をそっと押さえた。高科先生は、本当は英語じゃなくて体育の先生なんじゃないかと言いたくなるくらい、厳つい風貌をしている。起きがけにこの先生に怒鳴られるのは、心臓に悪かった。
「お前近頃、どうも身が入っていないようだな。テストも良くなかったし」
先生は不機嫌そうに呟いた。クラス全員の前でテストのことを話題にされて、私は慌てた。
「……スミマセン」
少し頭を下げて、もごもごと小声で謝る。高科先生のこういう、ずけずけとキツイ物言いが、私はとても苦手だ。
ふと目を向けると、斜め前の席の仁美が、振り返ってこちらを見ていた。呆れと同情を半分ずつ混ぜたような笑みをよこしてくる。私はこっそり、肩をすくめてみせた。
「まぁとにかく、お約束のペナルティだ。放課後、生徒会顧問室に来るように」
厳しく言い渡されて、げ、と頬が引き攣った。
そうだった。高科先生は、授業中の私語と居眠りと携帯に関して、かなり厳しく対応する。見つかったら、問答無用でペナルティだ。よりによってこの授業で居眠りしてしまった自分のうかつさに、私は舌打ちしたくなった。
眠っている間、何かふわふわと夢を見ていた気がするけど、そんなこと今は問題じゃない。
「わかったか?野田妹」
「……ハイ」
下を向いて、私は小さく返事をした。本当は、「野田妹」なんて腹が立つ呼びかけには答えたくなかったけど、下手に反抗してペナルティが増えても困る。私は苛立ちを、ぐっと飲み込んで堪えた。