6.仲間はずれ
モト兄が私の部屋のドアをノックしたのは、休みの日の夜のことだった。
「おい、ちょっとこっち来い」
ドアから少し顔を覗かせて、モト兄が言った。変に上機嫌な声なので、酔っぱらっているのかもしれない。
別に見られて困るものはないけど、部屋の中をじろじろ見られたくなくて、私は慌てた。のんびり読んでいた漫画本を、急いで閉じる。
「何?」
「良いもんやるから」
モト兄はにやりと笑って、扉を閉めた。
どうやら、行かなきゃいけないらしい。私はため息をついて、立ち上がった。モト兄の言う「良いもの」なんて、かなり怪しいのだけど。
居間に行くと、モト兄が白い紙袋の中から、小さな箱を取り出しているところだった。何だろうと横から覗きこむと、モト兄はほれ、とそれを渡してきた。
「何?これ」
それは細長い、小さな包みだった。落ち着いた色合いの包装紙で、きれいに包まれている。感触は固くて、何が入っているのかはわからなかった。
「誕生日プレゼントだ。前言ってただろ」
モト兄はどこか得意げに言った。
驚いて、私は包みから顔を上げた。まさか、本当にくれるとは思っていなかった。
「嘘、くれるの?開けていい?」
「どうぞ。先に言っておくけど、大したものじゃないからな」
モト兄はひらひら手を振った。私は破れないよう慎重に、爪の先でそっと包みをはがした。
箱に入っていたのは、携帯ストラップだった。
でも私がつけているような、安いぬいぐるみ型のやつじゃない。なめらかな革でできた、大人っぽいデザインのストラップだ。どこのお店のものかわからないけれど、100円ショップで買ったのでないことは、すぐわかる。
「おー、すごい」
ストラップをつまみ上げて、私は素直に感動した。単純に、モト兄がプレゼントをくれたことが嬉しかった。ストラップ自体は正直なところ、私が好んでつけたくなるような種類のものではないけれど、それは問題じゃない。こういうのは、気持ちが嬉しいのだ。
「ありがとう。つけるよ、コレ」
「おう」
モト兄はちょっと照れくさそうに頷いた。
それにしても、「18歳」の力はこんなにすごいのか。嬉しさを通り越して、戸惑ってしまうほどだった。アキからもモト兄からも、プレゼントをもらってしまうなんて。一体2人とも、どうしたのだろう。
「――良いものって何?モト兄」
考え込んでいた時、背後からアキの声がした。振り返ると、興味ありげな顔でアキが私の手元を覗きこんでいた。
「おう、誕生日のプレゼントだ。お前にもあるからな」
モト兄が笑って、紙袋からもう1つ小さな箱を取り出した。私の包みとは包装紙が違うから、別のところで買ってきたのだろう。アキにもちゃんと用意するところが、モト兄のいいところだと思う。
アキはお礼を言って包みを受け取ると、さっそくそれを開けた。
「おお、すごい。これ、高いんじゃないの?」
そう言ってアキが箱から取り出したのは、音楽プレイヤーの卓上スピーカーだった。小さなマグカップのような形をしていて、プレイヤーを中に差し込んで使うやつだ。黒くてシンプルなデザインで、オブジェとしても使えそうだった。
「いや、実は在庫一掃セールとかで、安かったんだよ」
モト兄が苦笑した。アキは顔を輝かせて、すげーという言葉を連発した。
「こういうの、ちょうど欲しかったんだ。ありがとう、モト兄」
笑うアキは、本当に嬉しそうだ。そのことに、私はちょっと衝撃を受けた。
「アキの欲しいもの」の正解を、モト兄があっさりと当てたことが衝撃だったのだ。いくら考えても、私には全然わからなかったのに。モト兄がそれを知っているとは、思っていなかった。
「ところでお前、例の新曲聴いた?」
「あれね。モト兄の最近オススメのバンドだっけ」
アキは私の知らない英語のバンド名を挙げて、すらすらと感想を述べた。ドラムがどうの、ベースがどうのと、わからない世界の単語が並ぶ。モト兄がそれに頷いたり、「いやお前、あれは最高だろ」と反論したりした。
完全に蚊帳の外に置かれた私は、2人の間でただ間抜けに立ちつくした。
ここに3兄妹がそろっているのに、私だけ話に入れない。居心地が悪くて、私はうつむいて手の中のストラップをいじった。
こういう時、女1人の疎外感を感じる。
私とアキは双子だけど、きょうだいの結びつきは、たぶんモト兄とアキの方が強いと思う。なにせ男兄弟だ。
モト兄にはアキの欲しいものなんて簡単にわかるし、アキだってモト兄との方が話が合う。現に今、2人とも楽しそうだ。
そして私は、ぽつんと仲間はずれ。
つまらない。
――仲間はずれ。
ふとその言葉が引っかかって、私は顔を上げた。
既視感を感じたのだ。ずっと前にも、同じようなことを考えたことがある気がする。
いつだったか小さい頃、今みたいに兄妹の中で疎外感を感じて、癇癪を起こした覚えがある。モト兄とアキが2人で楽しそうに遊んでいて、うらやましくて泣いて暴れたのだ。その時に思った。
――本当は、アキの方が仲間はずれなのに。
でも、そう思ったことしか思い出せなかった。アキが仲間はずれって、どういうことなのだろう。ずいぶん前のことだから記憶が曖昧で、なぜそう思ったのかがわからない。その時仲間はずれだったのは、間違いなく私の方なのに。
口元に手を当てて、私は真剣に考え込んだ。些細なことだけど、どうしてか無性に気になった。
「――明子、どうした?」
モト兄の声で、はっと我に返った。気がつくとモト兄とアキの音楽談義は終わっていて、2人とも怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
私は慌てて手を振った。
「な、なんでもない。ちょっと考え事」
モト兄が首を傾げる。
「なんだ?言っておくが、お前のも明彦のも、大きさは違っても値段に差はないぞ」
「そんなこと気にしてたんじゃないよ!」
まるで私が、がめついみたいじゃないか。焦って首を振って否定する。
そうか?とモト兄がにやにや笑った。その様子を面白そうに見ていたアキが、モト兄の方を向いた。
「本当ありがとう、モト兄。これ、大切に使うよ」
そう言って、アキは自分の部屋に戻っていった。その背中に声をかけようとして、私は結局、そうしなかった。
――仲間はずれって、何のことだっけ?
そうアキに聞いても仕方がない。あれは私の記憶なのだから。