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5.石の女

 アキからもらったペンダントを、私はこっそり学校につけていった。

 お返しに困る贈り物でも、貰ったものに罪はない。私は何だかんだ言って、この美しい緑石のペンダントを気に入っていた。気に入っているから、いけないとわかっていても、ちょっとつけてみたいという欲求に勝てなかったのだ。

 それに、アキへのお返しのことを、仁美に相談したいという思いもあった。

 「アキが私に思い出してほしいこと」がさっぱりわからない以上、せめて他の何かで補わなくてはならない。アキから一方的に貰いっぱなしなのは、借りをつくったみたいで気持ち悪かった。

 でも、私1人で考えていても、「アキの喜びそうなもの」なんて見当もつかないのだ。



「そんなこと言ったって、妹のあんた以上に、私なんかが思いつくはずないじゃんか」

 仁美が呆れたように言った。あまりに正論で、私はぐうの音も出ない。


 憂鬱なテストは今日が最終日だ。全て終わった今、解放感に満ちあふれた皆で廊下は騒がしかった。今日から部活が再開されるから、教室も中庭もお昼を食べる人でにぎわっている。私も仁美も、ちょうど購買へ行くところだ。

 仁美の入っている軟式テニス部が始まるまで、一緒にお昼を食べつつ心ゆくまでだらだらする気でいた。……あらゆる意味でテストが終わったので、お互いねぎらってなぐさめ合おうというわけだ。

「めーこ、会長の好きなものくらい知っているでしょ?趣味とか」

「まぁ、知ってはいるけどさぁ……」

 もごもごと、私は口の中で言葉を濁した。

 知っていても、何の参考にもならない。アキはジョギングが趣味で、スポーツではたぶんサッカーが一番好き。最近よく聞いている音楽は洋楽なので、私は詳しく知らない。食べ物に好き嫌いはない。私が知っているのは、この程度だ。

「いいもの貰ったから、下手なものあげられないし……」

「そうねぇ。――ね、もう一回見せてよ、ペンダント」

 仁美が目を輝かせて、私の顔を覗き込んできた。私はごそごそと、制服の下からチェーンを引っ張りだした。

 緑の石が揺れて、光の加減で濃淡の複雑な色に変わる。仁美が感嘆のため息をついた。

「本当すごいなぁ、それ。めーこ、愛されてるね」

「何、愛されてるって」

 そのかゆい響きに反射的に顔が歪んだけれど、仁美は肩をすくめただけだった。

「愛がなきゃ買わないでしょう。それ、絶対高いって」

「……そうだね」

 私は曖昧に頷いた。思わず、目が泳いでしまう。


 アキはこのペンダントを買ったのではなく、作ったのだと言った。私はそれに納得したけど、きっと仁美に言っても信じてもらえないだろう。私だってアキでなかったら、こんな石を作ったと言われても真に受けない。

 私にとっては当たり前なことだから、深く考えたことはないけれど、アキにはそういう「不思議」があった。私はそれを、手品のようなものだと思っている。タネも仕掛けも、アキにしかわからない手品だ。

 アキが「新緑を閉じ込めて作った」と言ったから、そうなのだろう。私の頭には、アキが瑞々しい若葉を摘んで、両手で包んで、開いた時には石に変わっている、そんな光景が思い浮かぶ。実際はどうやるのか知らないけど、だいだいそんなふうにして作ったのだと思う。

 まるで手品のように、無から有を生み出すアキの「不思議」。普段意識はしないけれど、これが常識として通じるのは、おそらく野田家の中だけだ。それはわかっていた。


「それと同等の価値のものって――あ」

 仁美が唐突に言葉を切った。何、と聞くより前に、左肩にどんと何かが当たった。

「痛っ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 足を止めて、私は慌てて謝った。ぼーっとしていたせいで、誰かにぶつかってしまったのだ。

 ぶつかってしまったのは女子だった。ふんわりしたボブの、眼鏡をかけた女の子だ。ふと、どこかで見かけたことがあるように感じた時、その子はキッと顔を上げた。肩を押さえて、こちらを睨む。

 強く非難するような視線に、たじろいでしまった。そんなに、強くぶつかってしまったのだろうか。

「――それ、禁止ですよ」

 女の子は、冷たい声でそう言った。

「え?」

 何を言われたかわからなかった。女の子は眼鏡を軽く押し上げて、厳しい目を私の首元に向けた。

「校則違反です。それ、外してください」

「あ、スミマセン……」

 勢いに圧されて、私は首を縮めて頭を下げた。ちょうどペンダントを出していたのが、気に障ったのだろうか。

 なんとなく、手で石を握って隠す。校則を破ったのはこちらだけど、じろじろと無遠慮な視線をぶつけられるのは嫌だった。第一、校則違反だとわざわざ注意してくるなんて、この子は一体誰なんだろう。


「――あなた、野田会長の妹?」

 唐突に、喧嘩を売るような口調で聞かれた。私は、自分の眉がぐっと寄るのがわかった。

「……そうですけど?」

 自然、こっちの口調も刺々しくなる。

 仁美が小さく、袖を引っ張ってきた。私がムッとしているのを感じて、なだめようとしてくれているのだろう。「アキの妹」と見られて評価されることが、私の逆鱗なのだと仁美はわかっている。

「ふうん」

 失礼な女の子は、上から下まで私を眺めて、興味なさそうに呟いた。

 何も言わなかったけど、その目と態度が全てを語っている。――「あなたみたいなのが、あのアキ会長の妹なの?」と言いたいんだろう。


「すいませーん。これ、ちゃんと外すんで。それじゃ」

 緊張した空気を壊すように明るく言って、仁美がぐいと私の肩を押してきた。それを聞くと女の子は、もう用はないとばかりに顔を背けて、すたすた去っていった。毅然と歩いていくその姿を見送って、私は舌打ちをして、仁美はため息をついた。

「さすが、キツイなー。噂通りだよ」

「誰、あれ」

 苛々して、私は吐き捨てるように言った。明らかに、彼女は私に対して喧嘩を売っていた。お昼時の楽しい気分が台無しだ。

「生徒会の役員の子だよ。副会長の、石橋希美。知らない?融通の利かない『石の女』って」

「……ふうん」

 生徒会役員なら、行事なんかで生徒の前に立つことも多い。どうりで見覚えがあるはずだ。

 ――そして、私を目の敵にするような態度にも、納得がいった。

 生徒会や委員会には、アキの信奉者が多いって本当のようだ。

「まぁまぁ、コロッケパンでも食べて、気分変えようよ」

 仁美がとりなすように言う。私もため息をついて、歩き始めた。

「……コロッケもいいけど、私は今日は、チーズのやつにしようかな」

 仁美としゃべりながら、そっと首元のペンダントに触れた。


 とても気に入っているのに、今はその石を、引きちぎって投げ捨ててしまいたくなった。



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