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4.モト兄

 お風呂からあがって、牛乳を飲みに居間へ向かった。お風呂あがりの1杯の牛乳が、私はやめられない。牛乳はいつでもおいしいけど、あれは特別おいしいと思う。仁美には「太るんじゃないの?」と言われるけど、そんなのガセ情報だって信じてる。

 居間に入ると、モト兄がいた。テーブルについて、ご飯を食べている。

「あ、おかえりー」

 声をかけると、新聞を読んでいたモト兄の目がこちらを向いた。ながら食いはやめろといつもお母さんに言われているのに、この兄は聞く耳なんてもっていない。

「今日は早いんだね」

「おう」

 咀嚼しながら、モト兄は短くこたえた。

 早いといっても、既に10時を回っている。でもモト兄は日付が変わってから帰宅したり、ひどい時には会社に泊ったりするから、今日は本当に珍しい。


 野田家長男の基夫兄さんは、私たちより5歳上だ。もう社会に出て働いていて、ちょっといい加減なところはあるけど、頼れるお兄ちゃんだった。

 同じ兄でも、アキには感じない安心感が、モト兄にはある。きっと、「お兄ちゃん」という足場がしっかりしているからだろう。こっちも、迷うことなく妹の立場で甘えていられる。変に比べられることもないから、モト兄といる時の方が私は気楽だった。



「可愛い妹と弟の誕生日だから、早く帰って来たの?」

 モト兄の隣の椅子に座って、私は頬杖をついた。煮物をつまむ箸をとめて、モト兄がきょとんとした。

「何、誕生日?そういやお前ら、今日だっけ」

 信じられない、と私は思い切りブーイングをしてやった。モト兄はお茶碗を持ったまま、僅かに身を引く。

「飯食ってるんだから、騒ぐな」

「じゃあ、何かちょうだいよ、社会人のお兄さん」

 はぁ?とモト兄は眉を上げた。丸く見開かれた目がちょっと間抜けに見えて、私は笑った。

「だから、可愛い妹にさ、お誕生日プレゼント。何かないの?」

「いや、自分で可愛いとか、寒いから」

 にやっと笑って、モト兄は軽口を返してきた。私は顔を顰めてみせる。モト兄のこういうノリが、とても好きだ。

「プレゼントとか、欲しいモンでもあるのか?」

 待ってましたと、私は指折り数え上げた。

「欲しいものなんて、いっぱいあるよー。お財布でしょ、鞄でしょ、あと新しいマニキュアと――」

「アホか。落ちが読めたぞお前」

 呆れた顔で、モト兄はさえぎった。

「どうせ、ブランドのやつとか言うんだろ。買えるか」

 やっぱり駄目かと、私は舌を出して肩をすくめる。


 もちろん、ブランド物なんて冗談だ。本気でねだったわけじゃない。モト兄もわかって乗ってくれたんだろう。しょうがないな、とため息をつきながらも笑ってくれた。

「やっすいやつなら、買ってやらんこともない。100円ショップとかで」

「何それ!」

 ひどいぬか喜びだ。モト兄はにやにや笑いながら頷いた。

「それなら何でも買ってやるぞ。化粧品でも、アクセサリーでも」


 そう言われて、私はふと黙った。アクセサリー、で思い出したのだ。

 アキからもらったペンダント。今は、部屋の机の上に置いてある。あの後、ずっとぼんやり眺めていたけど、結局何もわからなかった。

 本当に、あいつは何を考えているのかわからない。思い出してほしい、だなんて、私は何かを忘れているのだろうか。


「……アキがさ、喜びそうなプレゼントって、何だと思う?」

 ぽつんと聞くと、モト兄は面食らったように瞬いた。

「え、明彦?なんでまた?」

「――アキに、誕生日のプレゼントもらったんだ」

 へぇ、とモト兄は感心したように顎を撫でた。ペンダントの鮮やかな緑を思い浮かべながら、私は言った。

「だから、私も何かあげなきゃまずいかな、と思って……」

「お前ら、プレゼント交換なんてするんだな」

 どこかからかうような含みで言われて、私はちょっとムッとした。

 アキとプレゼントをあげ合うなんて、やっぱり私には気恥ずかしいからだ。からかわれると、私が考えたことじゃないと反論したくなる。

「今までやったことないよ。意味わかんない。アキは、『18歳だから』とか言ってたけど」

「へぇ、あいつもやるなぁ」

 モト兄はのんきにお茶を飲んでいる。

 私はテーブルの下で、モト兄の足を蹴ってやりたくなった。私がこんなに戸惑って、途方に暮れているのに、こんなどうでもいいという態度をとられると腹が立つ。確かに、人にとってはどうでもいいことなんだろうけど。


 ――思い出して、と言われた。私は何を思い出すべきなんだろう。わからなくて、ひたひたと染みだす焦りに、追い詰められていくような気がする。

 黙り込んだ私の不機嫌を察したのか、モト兄がなだめるように言った。

「まぁ、何でもいいんじゃないか。明彦は明子がくれるものなら、何だって喜びそうだし」

「それは、ないと思うけど」

 既に、物じゃないものを求められている。私はため息をついた。何一つ思い出せない以上、私のあげるものでアキが喜ぶことはないだろう。

「そうか、お前らももう、18歳なんだな」

 しみじみと、モト兄が言った。その言葉に込められた感慨を、私は不思議に思った。


 18歳って、何かのきっかけになるような、そんなキリの良い年なんだろうか。アキが私にプレゼントを贈る、理由になるような。

 大人でもない、中途半端な年。私には、そうとしか思えないのだけど。



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