2.アキと私(2)
帰り仕度を終わらせた後も、そのまま座ってだらだら仁美としゃべっていた。机の上に投げ出した鞄に顎を乗せ、行儀悪く背中を丸めた仁美が、ふと廊下の方へ目を向けた。
「ああ、噂をすれば」
つられて私も顔を上げる。ちょうど女子の一群が、向こうからがやがやとやって来たところだった。
けれど、その中心にいるのは女子ではなかった。頭一つ分背の高い、涼しい横顔が見える。――アキだ。
アキを取り巻いている女の子たちは、全校集会の時に壇上でよく見る生徒会のメンバーだった。無愛想にマイクに向かって話す時とは全く違う、弾んだ声でしゃべっている。
「――でしょ、行こうよー。お祝いだもん」
「パーティがわりにさ」
賑やかな一団は、我が物顔で廊下を通り過ぎていく。あんなに広がって歩いたら、邪魔になるだろうに。
窓にアキの姿がさえぎられて見えなくなる直前、ふとその顔がこちらを向いた。
ばっちり目が合って、私はちょっとドキッとした。ちょうど今、批判的な目で睨んでいたところだったから、変な汗が出た。アキが足を止めたので、周りの女の子も立ち止まる。
アキは何も言わず、ちょっと笑って手を上げた。
こういうところ、アキは律儀だと思う。私ならアキを見かけても、向こうが気づかない限り挨拶なんてしない。アキを囲む女の子たちが、私をちらりと見て不思議そうな顔をした。
――そう、そういう視線を向けられるから、嫌なのだ。
私は軽く眉を上げて、ひらひら手を振り返した。早く向こうへ行け、という意味も密かにこめた。
アキは嬉しそうに笑みを深めて、また歩き出した。女の子たちもそれについて行く。「ねー、だからカラオケー」という甘えるような声が、遠ざかっていった。
「女子を引き連れて歩く男なんて、実際にいるんだねぇ」
仁美が感心したように言った。私は返事を、口の端をちょっと上げるのみに留める。私にとってはもはや、保育園の時代から見慣れた現象だった。
忘れもしないが、保育園の頃、私は大抵1人で遊んでいた。今よりずっと人見知りが激しくて、アキを取り囲む女の子に近寄れなかったのだ。
つみきや、人形遊び。おままごとで人気なのはアキで、私は呼ばれもしなかった。1人で遊ぶのは、自分の世界に浸れるからそれはそれで楽しかったけど、やはりさみしくもあった。さみしくてつまらなくて、私はよく癇癪を起こしていた。きっと、扱いにくい子どもだったと思う。
けれど、私が泣いて暴れ出しそうになると、いつも計ったようなタイミングでアキがそばに来た。「めーこも一緒に遊ぼう」と、笑って手を差し伸べて、呼びに来るのだ。
今思えばきっと私は当時から、皮肉なものだと感じていたんだろう。人気者のアキがいるから疎外感を感じていたのに、アキのおかげで皆と遊べた。でも、やっぱり私は1人だった。アキが私に構うと、やきもち焼きな女の子からいじわるをされたからだ。他愛ないものだけど、帽子やクレヨンを隠されたことが何度かあった。
「そういえば、めーこはプレゼントあげないの?会長に」
仁美の声ではっと我に返る。プレゼント?
「あげないよ、そんなもの。私ももらわないし」
「そうなの?」
仁美はきょとんとした。私の答えが意外だったようだ。
でも私も、どうしてそんなことを聞かれるのかわからない。
「あんたたち、割と仲良いのに」
「仲は……まぁ悪くないけど」
困惑で、きゅっと眉が寄った。
「兄妹の間でプレゼントなんか、しないよ」
アキとプレゼントを渡し合うところを想像して、私は身震いした。すごく、違和感を感じる光景だ。
「ふうん、そんなものかなぁ」
仁美はピンとこなさそうに首をひねった。
仁美は一人っ子だから、そんな感覚がないのだろう。この子は「きょうだい」に憧れているふしさえある。私が何度、兄なんて鬱陶しいことの方が多いと言っても、信じないのだ。
「さぁ、そろそろ帰ろうよ」
私は話を打ち切って、立ち上がった。仁美もそうねぇと呟いて、大きく伸びをする。
「そういえば、会長の御一行はカラオケとか言ってたねぇ」
「そうだね」
私は気のない相づちを打った。ほとんど棒読みだ。
なぜって、仁美が続ける次の言葉が予想できるからだ。
「ウチらも行こうよー、カラオケ」
仁美は甘えるように、机に頬をつけて上目づかいをした。
「行きません」
ばっさりと、私は冷ややかに切って捨てた。馬鹿馬鹿しい提案だ。すぐに、仁美が口をとがらせる。
「ケチー。今日誕生日なんでしょ?お祝いだって、会長たちも言ってたじゃんか」
「確かにねー。お祝いしたいよ、私も」
鞄を腕に下げて、目で仁美に立つよう促す。仁美はひるんだように、ぐっと口を引き結んだ。ほら、結局この子だってわかっているんだ。
「――今がテスト週間でなければ、ね」
その一言で終わりだった。観念して仁美がうなだれる。
私たち2人は昼間の明るい帰り道を、真面目な学生らしくどこへも寄らず、つまらなく帰った。