1.アキと私(1)
まただ。本日何回目だろう。
私は冷めた気持ちで、目の前に差し出された袋を見下ろした。
数種類のクッキーを詰めた透明な袋には、薄い水色のリボンが巻かれ、小さなメッセージカードもついている。カードには金色にきらめく「Happy birthday」の筆記体の文字。とにかく気合いの入ったラッピングだった。笑顔でこのプレゼントを渡そうとする、彼女の本気が窺えた。
「ありがとう。嬉しいなぁ、これを私に?」
白々しく棒読みでお礼を言った私に、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。おそらく、何を言っているかわからないんだろう。
彼女は見知らぬ後輩だ。確か、友達の部活の後輩。あまり関わったことのない人に「は?」という顔をされるのは、結構傷つくものだ。私の嫌味は嫌味とも気づかれず、彼女の「違います」という言葉であっさりと叩き潰された。
「アキ先輩へです。アキ先輩に、渡してください」
よろしくお願いします、と頭を下げた彼女は、そこでやっと問題に気づいたようだった。しまった、と言わんばかりに頬を引きつらせ、恐る恐る上目づかいで私を窺う。
隣に座る仁美の肩が、ぷるぷる震えているのがわかった。爆笑したいのを、寸前で堪えているのだ。
プレゼントを私に預けた彼女は、申し訳なさそうに口元に手を当てた。
「すみません。――明子先輩も、今日が誕生日なんですよね」
「死ぬかと思った」
ひとしきり笑った後、仁美はしみじみとそう言った。
アキへのプレゼントを預かるのは、手紙だけの人も含めて、本日これで6人目だ。クッキーを持ってきた2年の女の子は、ちょっと気まずそうな顔をして帰って行った。
でも気まずいと思ってくれるだけ、まだましだろう。うんざりして、私はだらしなく机に突っ伏した。
「もう嫌、アキにばっかり。私へのプレゼントなんて1コもないのに」
「双子だってこと、皆忘れてるんじゃない?」
仁美が面白がってにやにや笑った。私は思い切り顔を顰める。
「都合良すぎる。利用するだけして。私って一体何?」
恨みごとは尽きない。けれど腹立たしいより、またか、とうんざりする気持ちの方が強かった。こういう扱いを受けることは、慣れている。
アキ――明彦と私は双子の兄妹だ。18年前、この5月のまさに今日、1時間くらいの差はあれど、ほとんど同じタイミングで生まれた。
けれど私とアキは、何一つ似通うものがない。全然違うのだ――生まれもったものが。
仁美はちょっと困ったように眉を下げた。
「まぁ、ねぇ。――会長なら、仕方ないかもね」
言葉から同情がにじんでいる。
その通りだった。「仕方ない」。そうやって受容して、諦めてしまう以外方法はない。それくらい、アキは全てにおいて優れていた。
私の双子の兄、野田明彦といえば、おそらくこの学校で一番有名だろう。これは、根拠のない身内びいきでは決してない。
まず、成績優秀。テストの順位は公表されないけど、私はアキの成績表をこっそり覗いたから知っている。あいつは、どの教科でも10番以内に入っていた。おまけに生徒会長をやっているから、先生からやたら頼りにされている。厳しいことで有名な先生と、仲良さそうに話している姿を見かけたことがあった。
次に、運動も得意。アキの趣味はジョギングだ。毎朝、私より2時間は早く起きて走っている。私には変態としか思えない行為だ。中学まではサッカー部だったから、球技大会や体育祭ではクラスの中心で大活躍している。アキの出る試合は、女子の応援がどっと増えるから、すぐにわかるのだ。
そして、これがおそらく最も重要なことなのだろうけど、アキは非常に顔がよろしかった。
きりっとした二重まぶたの瞳、すっと通った鼻筋、形の良い唇。笑えば爽やかに白い歯がこぼれる。妹の私から見ても、眩しいほどの顔立ちだと思う。きれい、という表現を男に使いたくないけど、やむを得ないくらいだ。
数学の問題で、コインを何回か投げて表が出る確率を求める、というものがあるだろう。それで言うならアキは、途方もない確率を乗り越えて、ずっとコインの表が出続けたのだ。いい要素を集めたら、アキの顔ができる。そしてきっと、コインの裏が出続けたのが私だ。
アキのまぶたは二重で、私は奥二重。お母さん譲りの柔らかな髪はアキへ、お父さん譲りのごわごわな直毛は私へ。うちの家族は皆、割と顎が細くてすっとした顔立ちなのに、おばあちゃんからの隔世遺伝で私だけ丸顔。反対に、私は家族皆と同じく中肉中背だけど、アキだけ誰より背が高くて足が長い。
おかげでアキと並んでいて、双子どころか兄妹と見抜かれることさえ、初対面ではまずなかった。平均点の私とは比べるべくもない、顔良し、頭良し、運動神経良しの嘘みたいな完璧超人。それがアキだった。
だから、誕生日に私なんかそっちのけでプレゼントが集まることくらい、当たり前なのだ。私にプレゼントが託されるのも、当然といえば当然。「アキの妹」という点が、私の最も価値あるところなのだから。