13.朝
朝起きて、鏡を見ると案の定、まぶたが腫れ上がっていた。
「うげー、最悪……」
学校の皆に何と言われるだろうと考えて、私はうめいた。特に仁美には、絶対に誤魔化せないだろう。何があったのかと、しつこく聞かれるに決まっている。……先生に大目玉を食らうリスクを冒して、化粧をいつもより念入りにすれば、少しはマシだろうか。
せめてもと、学校へ行くまでの間、濡れたタオルで目元を冷やすことにした。
手早く制服に着替えて、鞄に教材をつめた。いつもの朝なら、寝起きでぼーっとしながらゆっくり準備をするけれど、今日はその時間が惜しい。冷たいタオルを目に当てて、そのまましばらく、椅子に座ってじっとしていた。少しでも長く冷やして、顔をいつも通りにしたい。
いい加減に朝ご飯を食べなきゃいけない時間になったので、私は立ち上がった。そのときふと目の端で、何かがきらりと緑色に光った。
――ペンダントだ。
「……」
しばらく考えて、私はそのペンダントを手に取った。
制服の下に隠せば、誰にも見つからない。校則違反だとしても、外に出しさえしなければいいのだ。
ふっと小さく笑って、チェーンを外して首に通す。顔のむくみのせいで最低なテンションが、1段だけ上昇した。
居間ではモト兄が、あくびをかみ殺しながら新聞を読んでいた。
「おはよう」
声をかけると、言葉ではない、眠そうなうなり声が返ってきた。けれどこちらをちらりと振り向いたモト兄は、私の顔を見て、眠気が吹っ飛んだように目を丸くした。
腫れたまぶたをまじまじと見つめられ、私は居心地が悪くなった。モト兄は私の顔から、きちんと用意の済んだ鞄と制服に目を移した。そうして、ふむ、と考え込むような顔をした。
何か、言われるだろうか。密かに身構えたけれど、それは杞憂に終わった。モト兄は肩をすくめて、「おはよ」と軽く返してきただけだった。
テーブルについて、用意された朝食を食べる。私がパンを食べるその間に、お父さんとモト兄は会社に行き、お母さんは町内会のゴミ出し当番に出て行った。そうして私が食べ終わる頃、アキがジョギングから帰って来た。
アキはいつもと何一つ変わらなかった。気まずそうな顔をすることも、つんと無視することもない。私の顔を見て、明るく笑って言った。
「――おはよう」
ごく当たり前の、普段の挨拶だ。朝から眩しいほどのその笑顔に、私はなんだか肩の力が抜けた。
これでも、ちょっと緊張していたんだ。昨日の夜の喧嘩とか、夢の中でのこととか。何か言おうと思っていたけど、やめた。1人で悩むのも馬鹿みたいだ。
代わりに私は、席を立って尋ねた。
「何か飲む?」
「うん」
アキは短く答えて、お風呂場の方へと消えて行った。
その間に、私はやかんを火にかけて、準備をする。食器棚からマグカップを1つ取り出して、コーヒーのドリッパーをセットした。アキの好きな豆の量は、もう、手が覚えている。
お湯が沸いて、いくらも待たないうちに、制服を着たアキが居間に戻って来た。
毎度ながら、呆れるくらいにシャワーと着替えが早い。カラスの行水って、こういうことを言うんだろう。アキが言うには、1度運動部に入った奴は皆こうなるのだそうだ。……本当なんだろうか。
私はお湯を注いで、コーヒーをいれた。同時にアキは、黙ってコップをもう1つ取り出すと、牛乳を注いだ。
そうして互いに用意した飲み物を、私たちは何も言わずに、ごく自然に交換した。
私はアキがついだ牛乳を、アキは私のいれたコーヒーを飲む。拍子抜けするくらい、いつもの朝だった。
ふと急に、くすぐったいような笑いがこみ上げてきた。私はコップを両手で持ち上げて飲むふりをしながら、こっそり顔を隠した。
嬉しいなんて、別に、言う必要もないだろう。
こうして一緒にいることは、何も特別なことじゃない。私たちは双子の兄妹、家族なのだから。