10.双子(2)
「……本当、信じられない。生徒会の人って、失礼な人ばっかりだ」
どうしようもない気分のままに、私は吐き捨てた。
「――え?」
アキはきょとんとして、目を丸くした。当然だ、アキは知らないことなのだから。いきなり中傷されても、何のことかわからないだろう。
でも、止まらなかった。
「あの『石の女』とかいう人だけかと思ったけど、皆そうなんだね。顧問の先生だってムカつく奴なんだもん。――最低の集団だ」
アキの表情が消えた。
言い過ぎだってわかっていたけど、謝る気なんか毛頭なかった。私は挑戦的にアキを睨みつけた。アキも、腹を立ててしまえばいいのだ。
アキはするりと部屋の中に入ってきて、ドアを閉めた。とても静かな動作だった。
「……めーこ、何かあったのか?」
落ち着いた声からは、アキの怒りは読みとれなかった。内心なんてわからないけれど、見る限り平静な様子だ。
「別に、何もないよ」
私は首を振った。予想以上に、冷たい声が出た。
「ただ、気をつけた方がいいんじゃない。生徒会選挙って、人気投票みたいなものでしょ?『石の女』みたいに嫌な奴だと、皆から支持されなくなるよ。アキも――」
「それ、やめない」
アキは静かに、けれどきっぱりと私の言葉をさえぎった。
「――何が?」
「その呼び名。悪意があるだろ。生徒会にそんな名前の人はいないよ」
アキは怒らない。怒鳴らない。そして正しい。
ひどいのは、私だけだ。
「何かあったのだろうけど、めーこに生徒会の仲間をそう呼んでほしくない。……そういう言い方は、自分を貶めると思う」
アキの言葉に、カッと頭に血が上った。
一瞬のうちに、アキに投げつけたい言葉がどっと喉元に押し寄せた。
感情の奔流に、目が眩む。今日のことだけじゃない、今までの、18年分のことが一気に膨れ上がって、アキめがけて爆発しそうだった。でもその濁流は、あまりにぎゅうぎゅうと詰まりすぎて、口から出ることはなかった。
言ってやりたいことがあるのに、それは言葉になる前の塊のまま、喉を塞いでいるだけだ。悔しい。ぐっと握った拳が、ぶるぶる震えた。
でも、負けたくなかった。こんなに怒っているのに、何も言わないまま引き下がりたくない。こんなことですらアキに勝てないなんて、あまりにもみじめだ。
「――私、アキの妹じゃなきゃよかった!」
私は詰まった喉をこじ開けて、叫んだ。
言ってから、ああこれは本心だ、と思った。最初に言おうとしたこととは違うけれど、これは紛れもない、私の本心だ。
その証拠に、まるで用意されていたようにするすると、言葉が続いた。
「あんたと双子なんかじゃなきゃよかった!そうすれば、比べられることもなかったのに。みじめな思いをすることなんて、なかったのに。――私が自分を貶めるんじゃない。貶められるのは、アキのせいだ」
瞬きをした拍子に、涙がころりと落ちた。
自分がどんな顔をしているか、考えたくなかった。私をじっと見つめるアキの表情は、真剣で怖いくらいだ。アキのこんなに固く険しい顔を見るのは、初めてかもしれない。
「……アキと兄妹なんて、もう嫌だ」
全部言ってしまってから、私は唇をかみしめた。喉のつかえは、もうなくなっていた。かわりにぽっかりと、うつろな穴があいたような気がした。
しんと、部屋に沈黙がおりた。私たちはその間、ただ見つめ合った。何もかも、止まってしまったようだった。
けれどその時間はすぐに、アキによって破られた。
「――俺も、そう思う」
ぽつりと言って、アキはぎこちなく微笑んだ。
あの時の笑い方と一緒だと、私はぼんやり思った。あの、誕生日にペンダントをくれた時。「思い出してほしい」と言った時――。
「めーこと兄妹じゃなかったらって、ずっと思ってたよ」
もうそれ以上、聞きたくなかった。私はうつむいて、アキから目をそむけた。
「……出てって」
アキは言われたとおりに、静かに部屋を出て行った。ドアの閉まる音だけが、布団ごしに私の耳に届いた。
ぼとぼと、蛇口が壊れたみたいに、涙が止まらなかった。
私は本当に大馬鹿だ。アキを怒らせたのは私自身なのに、どうして突き放されたように思っているんだろう。
最初にひどい言葉を投げつけたのは私だ。アキが怒ればいいと思ったのに、怒ったアキにやり返されることを考えていなかったのだと、今更気づいた。
それで見捨てられた、と思うなんて。傷ついて、さみしくなるなんて。本当に馬鹿だ。救いようがない。
――俺も、そう思う。
アキの、少しかすれた声が耳によみがえる。
私たちは2人とも、同じことを考えていたんだ。兄妹じゃなければよかった、って。アキもそう思っていたなんて、知らなかった。
変なところで気が合うものだ。そういうところはとても双子らしいと、私は鼻をすすり上げて笑った。
1人ぼっちで置いていかれたように、胸がすうすうと冷えた。