表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

10.双子(2)

「……本当、信じられない。生徒会の人って、失礼な人ばっかりだ」

 どうしようもない気分のままに、私は吐き捨てた。

「――え?」

 アキはきょとんとして、目を丸くした。当然だ、アキは知らないことなのだから。いきなり中傷されても、何のことかわからないだろう。

 でも、止まらなかった。

「あの『石の女』とかいう人だけかと思ったけど、皆そうなんだね。顧問の先生だってムカつく奴なんだもん。――最低の集団だ」

 アキの表情が消えた。


 言い過ぎだってわかっていたけど、謝る気なんか毛頭なかった。私は挑戦的にアキを睨みつけた。アキも、腹を立ててしまえばいいのだ。

 アキはするりと部屋の中に入ってきて、ドアを閉めた。とても静かな動作だった。

「……めーこ、何かあったのか?」

 落ち着いた声からは、アキの怒りは読みとれなかった。内心なんてわからないけれど、見る限り平静な様子だ。

「別に、何もないよ」

 私は首を振った。予想以上に、冷たい声が出た。

「ただ、気をつけた方がいいんじゃない。生徒会選挙って、人気投票みたいなものでしょ?『石の女』みたいに嫌な奴だと、皆から支持されなくなるよ。アキも――」

「それ、やめない」

 アキは静かに、けれどきっぱりと私の言葉をさえぎった。

「――何が?」

「その呼び名。悪意があるだろ。生徒会にそんな名前の人はいないよ」

 アキは怒らない。怒鳴らない。そして正しい。

 ひどいのは、私だけだ。

「何かあったのだろうけど、めーこに生徒会の仲間をそう呼んでほしくない。……そういう言い方は、自分を貶めると思う」

 アキの言葉に、カッと頭に血が上った。



 一瞬のうちに、アキに投げつけたい言葉がどっと喉元に押し寄せた。

 感情の奔流に、目が眩む。今日のことだけじゃない、今までの、18年分のことが一気に膨れ上がって、アキめがけて爆発しそうだった。でもその濁流は、あまりにぎゅうぎゅうと詰まりすぎて、口から出ることはなかった。

 言ってやりたいことがあるのに、それは言葉になる前の塊のまま、喉を塞いでいるだけだ。悔しい。ぐっと握った拳が、ぶるぶる震えた。

 でも、負けたくなかった。こんなに怒っているのに、何も言わないまま引き下がりたくない。こんなことですらアキに勝てないなんて、あまりにもみじめだ。


「――私、アキの妹じゃなきゃよかった!」

 私は詰まった喉をこじ開けて、叫んだ。

 言ってから、ああこれは本心だ、と思った。最初に言おうとしたこととは違うけれど、これは紛れもない、私の本心だ。

 その証拠に、まるで用意されていたようにするすると、言葉が続いた。

「あんたと双子なんかじゃなきゃよかった!そうすれば、比べられることもなかったのに。みじめな思いをすることなんて、なかったのに。――私が自分を貶めるんじゃない。貶められるのは、アキのせいだ」

 瞬きをした拍子に、涙がころりと落ちた。

 自分がどんな顔をしているか、考えたくなかった。私をじっと見つめるアキの表情は、真剣で怖いくらいだ。アキのこんなに固く険しい顔を見るのは、初めてかもしれない。

「……アキと兄妹なんて、もう嫌だ」

 全部言ってしまってから、私は唇をかみしめた。喉のつかえは、もうなくなっていた。かわりにぽっかりと、うつろな穴があいたような気がした。

 しんと、部屋に沈黙がおりた。私たちはその間、ただ見つめ合った。何もかも、止まってしまったようだった。



 けれどその時間はすぐに、アキによって破られた。

「――俺も、そう思う」

 ぽつりと言って、アキはぎこちなく微笑んだ。

 あの時の笑い方と一緒だと、私はぼんやり思った。あの、誕生日にペンダントをくれた時。「思い出してほしい」と言った時――。

「めーこと兄妹じゃなかったらって、ずっと思ってたよ」

 もうそれ以上、聞きたくなかった。私はうつむいて、アキから目をそむけた。

「……出てって」

 アキは言われたとおりに、静かに部屋を出て行った。ドアの閉まる音だけが、布団ごしに私の耳に届いた。




 ぼとぼと、蛇口が壊れたみたいに、涙が止まらなかった。

 私は本当に大馬鹿だ。アキを怒らせたのは私自身なのに、どうして突き放されたように思っているんだろう。

 最初にひどい言葉を投げつけたのは私だ。アキが怒ればいいと思ったのに、怒ったアキにやり返されることを考えていなかったのだと、今更気づいた。

 それで見捨てられた、と思うなんて。傷ついて、さみしくなるなんて。本当に馬鹿だ。救いようがない。


 ――俺も、そう思う。

 アキの、少しかすれた声が耳によみがえる。

 私たちは2人とも、同じことを考えていたんだ。兄妹じゃなければよかった、って。アキもそう思っていたなんて、知らなかった。

 変なところで気が合うものだ。そういうところはとても双子らしいと、私は鼻をすすり上げて笑った。

 1人ぼっちで置いていかれたように、胸がすうすうと冷えた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ