序
ごく僅かですが、兄妹間の恋愛感情を思わせるような描写があります(話自体は恋愛ものではありません)。
苦手な方はご注意ください。
玄関先で、私は泣いていた。星のよく見える夜のことだった。
傍らにはアキが座っていて、背をさすってずっと私をなぐさめてくれていた。けれど私の泣き声が、忙しない嗚咽に変わる頃には、ただ黙って隣にいるだけだった。
そもそも、お母さんに叱られたのは私だけだった。アキが怒られることなんて、ほとんどない。私だけがしょうもない癇癪を起こして、お母さんに家から叩き出されたんだ。何をそんなに怒られたのか、細かい原因はもう忘れた。何歳だったかも覚えていない、小さい頃の記憶だ。
右肩に柔らかいアキの体温を感じた。私の顔は涙と汗でべとべとになっていて、手でこするせいで熱く火照っていた。アキが隣にいることが心強かったのに、同じだけぐしゃぐしゃな顔を見られたくなくて、「どっか行ってよ」と、つっけんどんに言ったのだ。
「ここにいる」
膝を抱えたアキは、静かにそう言った。
「めーこと一緒にいるよ」
穏やかなアキの声がささくれた気分に沁み込んだので、私はそれ以上アキを拒まなかった。ひりつく喉から、しゃっくりの合間に声を押し出した。
「でももう、ご飯の時間だよ。お母さん呼んでるよ」
「ここにいる」
アキはきっぱりと言い切った。私は顔を上げた。
「でも――」
「ずっと一緒にいるよ。めーこがさみしくないように」
アキはにっこり笑って、空を指差した。
「ほら、今日は星がすごいねぇ。たくさん見える」
つられて私も空を見上げた。おそらくそれは、私を泣きやませるための作戦だったのだろう。まんまと引っかかった私は、ビーズの袋をぶちまけたような星空に、ぽかんと口を開けた。
「ほんとだ、すごいねぇ。これ、アキがやったの?」
「うん」
アキはなんでもないというふうに頷いて、「でも、内緒ね」と人差し指を口に当てた。
「内緒なの?」
「うん。でも、めーこだけには教えてあげる。ずっと一緒にいるって、言ったでしょ」
涙が引っ込んだ私は、きょとんとして首を傾げた。
「ずっとって、夕ご飯まで?」
「ずっとはずっとだよ。でも、ご飯も食べよう」
アキはぴょんと勢いよく立ち上がった。袖でごしごし顔をこすってから、私もゆっくり立ち上がった。固い階段に座っていたせいで、おしりが痛くなっていた。
「そうだ、もう1こ、僕たちだけの秘密ね」
アキは私の手をとって、ぎゅっと握った。もう一方の手は、また空を指差していた。
「秘密?」
「うん。めーこにしか言わないから、内緒にしてね」
「うん」
内緒話に、私はわくわくした。秘密、という言葉のもつ特別な響きにすっかり夢中になった。アキの指先をたどって、プラネタリウムよりもすごい空を見上げた。
アキのひそめた声が、すぐ耳元でする。
「僕はね、実は――」