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靴磨きの青年

作者: 山田りく
掲載日:2026/08/01



 駅にサラリーマン風の男が行き交う慌ただしい朝


 路地裏のガード下。

 そこに一人の青年が、直小さな木箱(道具箱)を前に、お椀をひっくり返したような形の鉄製足台が2つ並べていた。


 そこに足を乗せる身なりの良い男。

 少し低いがはっきりとした声で青年に声をかける。


「いけるかい?」


「ありがとうございます。10分ほどで仕上げますね」


 男はポケットから端末を取り出して本日のニュースを流し読みしていく。


 青年は手際よくズボンの裾を内側に折り込み、汚れないように古い新聞紙を足首の周りにサッと挟み込んだ。自分の足が、そのまま職人の作業台になる。


 青年が手のひらで靴の横をポンポンと叩く。


 それを合図に彼は足の力を抜いた。


ザッ、ザッ、ザザザザッ!


 大きな馬毛ブラシが、ダイレクトに足全体を揺さぶり、足の裏に青年の手の力強さがダイレクトに身体に伝わる。


「素晴らしい腕だ」


「いえいえ、いつもお世話になっております」


 使い込まれた丸缶のワックス。青年は自分の人差し指と中指に黄ばんだネル生地(使い古した肌着の切れ端)を巻き付け、水入れの水を少しだけつける。そしてつま先をグリグリと円を描くように磨き始める。青年の指の体温と圧力が、靴を通じて親指の先へ温かく伝わってくる。


「ここで靴磨きして長いのか?」


「うーん、3年ぐらい前からしてますね」


 少しだけ会話をしたあと、また彼の視線は端末に戻る。


シュシュシュシュシュッ! バシッ! パシッ!


 布が擦れる強烈な摩擦音と、革を弾く乾いた音がリズミカルに続く。


 これぞ職人技。細長い布を両手に持ち、左右交互に猛烈なスピードで引っ張る。布が靴の表面を滑るたびに「パパパン!」と高い音が響き、足全体が左右に心地よく揺さぶられる。青年の息遣いと、布が奏でる小気味よいリズムが、まるで短い演奏会のようだった。


「君に磨いて貰うのは初めてだと思ったが?」


「皆さんに…という意味で」


「なるほど、では感謝を受け取ります。皆に共有させてもらうよ」


 最後にフッと息を吹きかけ、仕上げの布を通すと、足元には見違えるような黒い鏡が出現していた。コンコン、と足台を叩く音が「完了」のサイン。新聞紙が引き抜かれ、ズボンの裾が元に戻される。台から足を下ろし、舗装された道路を踏みしめると、彼の足元だけが昭和の映画のように美しく輝いていた。


「また、寄らせてもらうよ」


「ありがとうございます」


 そういうと、経済AIロボットは駅に向かって歩いて行った。




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