靴磨きの青年
駅にサラリーマン風の男が行き交う慌ただしい朝
路地裏のガード下。
そこに一人の青年が、直小さな木箱(道具箱)を前に、お椀をひっくり返したような形の鉄製足台が2つ並べていた。
そこに足を乗せる身なりの良い男。
少し低いがはっきりとした声で青年に声をかける。
「いけるかい?」
「ありがとうございます。10分ほどで仕上げますね」
男はポケットから端末を取り出して本日のニュースを流し読みしていく。
青年は手際よくズボンの裾を内側に折り込み、汚れないように古い新聞紙を足首の周りにサッと挟み込んだ。自分の足が、そのまま職人の作業台になる。
青年が手のひらで靴の横をポンポンと叩く。
それを合図に彼は足の力を抜いた。
ザッ、ザッ、ザザザザッ!
大きな馬毛ブラシが、ダイレクトに足全体を揺さぶり、足の裏に青年の手の力強さがダイレクトに身体に伝わる。
「素晴らしい腕だ」
「いえいえ、いつもお世話になっております」
使い込まれた丸缶のワックス。青年は自分の人差し指と中指に黄ばんだネル生地(使い古した肌着の切れ端)を巻き付け、水入れの水を少しだけつける。そしてつま先をグリグリと円を描くように磨き始める。青年の指の体温と圧力が、靴を通じて親指の先へ温かく伝わってくる。
「ここで靴磨きして長いのか?」
「うーん、3年ぐらい前からしてますね」
少しだけ会話をしたあと、また彼の視線は端末に戻る。
シュシュシュシュシュッ! バシッ! パシッ!
布が擦れる強烈な摩擦音と、革を弾く乾いた音がリズミカルに続く。
これぞ職人技。細長い布を両手に持ち、左右交互に猛烈なスピードで引っ張る。布が靴の表面を滑るたびに「パパパン!」と高い音が響き、足全体が左右に心地よく揺さぶられる。青年の息遣いと、布が奏でる小気味よいリズムが、まるで短い演奏会のようだった。
「君に磨いて貰うのは初めてだと思ったが?」
「皆さんに…という意味で」
「なるほど、では感謝を受け取ります。皆に共有させてもらうよ」
最後にフッと息を吹きかけ、仕上げの布を通すと、足元には見違えるような黒い鏡が出現していた。コンコン、と足台を叩く音が「完了」のサイン。新聞紙が引き抜かれ、ズボンの裾が元に戻される。台から足を下ろし、舗装された道路を踏みしめると、彼の足元だけが昭和の映画のように美しく輝いていた。
「また、寄らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
そういうと、経済AIロボットは駅に向かって歩いて行った。




