異世界に勇者として召喚されたが、異世界人の名前が覚えられない
「成功です! 召喚に成功しました!」
気が付くと俺は、体育館よりもずっと広くて明るい場所に立っていた。
二次元でしか見たことがないような、煌びやかな服装の人達に囲まれている。
俺は確か、教室にいたはずだけど……
授業が終わって、急に眠くなって……
「勇者様! どうかこの世界をお救いください!」
近くにいた綺麗な女の子が声をかけてきた。服装が魔女のコスプレみたいで可愛い。
ところで勇者? 勇者ってまさか……
「俺……?」
「はい! あなたにこの世界を救っていただきたいのです! 勇者様!」
い……
い……
異世界召喚だーーーーー!!!!!
「お、俺が勇者ですか!?」
「そうです! 突然召喚してしまってごめんなさい! でも、世界を救っていただけたら必ず元の世界にお返しいたします!」
「え……!?」
表面的には混乱していたが、冷静な部分もあった。
どのゲームだ? どのゲームの世界に召喚されたんだろう。勇者が出てくるゲームなんて最近プレイしたっけ?
頭の中で過去のゲーム歴が駆け巡る。
俺が黙っていると女の子は慌てたように言った。
「申し遅れました! 私は、あなたを召喚した魔術師の一人、リリュィリュリリェールです!」
「……リ、ル?」
「リリュィリュリリェールです」
「リリュ、リ?」
「リリュィリュリリェールです」
「リ……」
「『リリ』で大丈夫です!」
「すみません……」
終わった。
ヒロインかもしれない女の子の名前が覚えられなかった。
こんなに難しい名前のキャラクターが出てくるゲーム、あったかな。
俺がプレイしたことのないゲームなのかな。もしも漫画や小説だったらほとんど何も分からないぞ。知識が無い状態で世界を救うことなんてできるのだろうか。
「勇者様は異世界の人だから、こちらの名前は発音しづらいのかもしれないね」
コツコツと足音をさせて、イケメンが近付いてきた。
彼も見たことのないキャラクターだ。
黒マントだ。かっこいいな……
「勇者様、紹介しますね。この方も勇者様の召喚を行った魔術師の一人で、私の婚約者の……」
婚約者だって?
じゃあこの……リリちゃんはヒロインではないのか。
「婚約者の、ペンタゴン・ペンタゴン・サンダードラゴン様です!」
「ん?」
「ペンタゴン・ペンタゴン・サンダードラゴン様です」
「んぐっ、ん、はい、分かりました」
何度も言われたら変なツボに入りそうだったので、覚えたフリをした。
こんな名前のキャラクターがいたら、覚えてそうな気がするんだけどな……
ペ……なんとかさんは俺に向かって微笑んで言った。
「召喚されたばかりでお疲れでしょうから、まずは勇者様を滞在先の屋敷へご案内します。休憩を挟んでから、詳しい事情をお話しさせていただきたい」
「屋敷?」
「ええ。ここは王城ですので」
「ペッタンコ・ペッタンコ・サンダルペッタンコさんの屋敷に行くんですか?」
「ペンタゴン・ペンタゴン・サンダードラゴン様です。勇者様」
「すみません……」
「構いませんよ。発音が難しいでしょうからね」
終わった。
仲間キャラかもしれないイケメンの名前も覚えられない。
俺、世界救えないかも……
「勇者様に滞在していただくのは、この国きっての富豪の屋敷です。召喚に必要な魔石を多く寄付した家でもあります」
イケメンの目線の先に、ゆったりと歩いてくる女の人の姿があった。
俺のお母さんより年上に見えるけど、めちゃくちゃ綺麗だ。オーラが違うって感じがする。
「勇者様には、ワタクシの屋敷で不自由なく滞在していただきますわ」
おお……アニメでしか聞いたことのないようなマダムの声……
バラみたいないい匂いもする。このオトナな感じ、俺にはまだ早いような気が……
この人のお屋敷に俺みたいな中学生が泊まっていいんだろうか。
「こちらの方は、ボンバイエ・ブリンブリン・婆夫人です」
「え?」
「『ボンバイエ・ブリンブリン・婆』夫人です」
「んぐっ」
「『ボンバイエ・ブリンブリン・婆』……大丈夫ですか? 勇者様」
「はい、すみません。咳が……え? ぶりん? ぶりん?」
「『ブリンブリン・婆』です」
「ぐふっ! ……ば……ばあ……!?」
「はい! ババアの『婆』です!」
「ふごっ」
「勇者様?」
「すみません。咳が。ええと、まさか、漢字ですか? 『婆』って」
「はい。漢字です」
おい!!
開発陣!!
異世界風のゲームじゃないのかよ! どうして漢字を入れた!?
絶対やったことないよ、こんなゲーム!!
『婆』がついてるキャラクターがいたら俺でも覚えてるって!!
「歴史のある家には、漢字が付いていることが多いのです。例えばあちらの紳士のお名前は『オーレー・オレオレオレー・爺』で、『爺』が付きます。ジジイの『爺』です!」
「ま、まだ若いのに……」
「お家が古いことが、大事なのです。誇り高い名前なんですよ!」
「じゃあ本人としては、ええと、ワターシワタシワタシ爺さんは……」
「『オーレー・オレオレオレー・爺』様です。勇者様」
「すみません……」
「発音、難しいですものね」
最悪だ……ここまで誰の名前も覚えられていない……
「ちなみに、それ以外の漢字もありますよ。魔術師団長であるあちらの方は、『ブラックバス・ブルーギル・アカエイ・白子』というお名前なのです」
「ふぐっ」
「確かに! フグの白子の可能性もありますね! さすがです勇者様!」
「団長さんは、魚魔法が得意なんですか?」
「魔術師団長が得意なのは、召喚系の魔法ですよ。勇者様を召喚した魔法も、あの方の得意分野です」
「な、なるほど……」
先程から言葉に詰まりがちな俺の様子を見たリリちゃんが、婚約者のイケメンに声をかけた。
「勇者様は咳の症状が出ているようです」
「ふむ。早めに休ませた方が良いだろうね」
「ワタクシの屋敷の準備は整っていますわ」
「……え? もう今から行くんですか? いないいない・婆夫人のお屋敷」
「ブリンブリン・婆夫人です。勇者様」
「すみません……」
「構いませんわ。発音が難しいでしょうからね。オホホホ」
「ボンバイエ・ブリンブリン・婆夫人の屋敷へ移動する前に、国王陛下にご挨拶を」
「よい。楽にせよ。勇者」
いつの間にか、絵本で見たような風貌の王様が高い場所からこちらを見ていた。
あの赤い服、王様というよりサンタみたいだ。
「勇者よ。よく来た。ワシはこの国の王、『相沢ナオト』じゃ」
「え……? えーー!? 相沢ナオトーー!?」
「む?」
学級委員長!?
学級委員長の名前と同じじゃないか!!
出席番号が1番だからと学級委員長にされた、あの『相沢ナオト』!?
出席番号が1番だから授業で必ず当てられる、あの『相沢ナオト』!?
ついにはクラスメイトにまで『出席番号1番相沢ナオト学級委員長』とフルネームで呼ばれてしまうようになった、あの、『相沢ナオト』!?
俺は、はっとした。
これは異世界召喚ではないかもしれない。
これは……これは……
これは……俺の夢かもしれない……!?
そうでなければ学級委員長の名前が出てくるのはおかしい。
こんなゲームが存在するはずがない。
そうだったのか……夢か……
これは俺の頭の中……
俺の深層心理の世界……こんな感じなの、めちゃくちゃ嫌だ……
自己嫌悪に陥っている俺に向かって、相沢ナオト国王は話しかける。
「確かにワシの名前は、他の者達と違う。これは王家に伝わる由緒正しい名であり、実際はもっと長いのじゃ。正確には『出席番号・1番・相沢ナオト・学級委員長』という」
「出席番号1番相沢ナオト学級委員長ね……」
うちのクラスメイトであれば誰もがスラスラと言えるその名を呟くと、周囲がざわついた。
「あの勇者様が、国王陛下の名前は一度聞いただけで覚えたぞ!」
「やはり、王家の名は神聖……」
いや、毎日聞いていれば俺でも覚えるんです……
相沢ナオトは毎日、毎授業、先生に当てられるから覚えられるんです。
でも王様が嬉しそうだから、そういうことにしておこう。
「ウォッホン。勇者よ。そなたには世界を巡ってもらい、『秘密の名』を解き明かし、魔王を倒してもらいたい」
「……秘密の名? 魔王?」
「ふぉっふぉ。気が急いてしまった。詳しい話は休んでからでもよかろう」
「いえ、せっかくですから聞かせてください」
夢だったら早く解決して目を覚ましたい。
「ふむ。では話そう。世界の平和を脅かす魔王は、現在連合軍が押しとどめておるが、軍の力が尽きるのも時間の問題じゃ。魔王の圧倒的な力を弱めるには、魔王の本名を使わねばならない。魔王には、今名乗っている恐ろしい名とは別に、本名があるという。その『秘密の名』さえ判明すれば、魔王は弱体化し、倒すことができるのじゃ」
「『秘密の名』のヒントは、世界のあちこちのダンジョンに隠されているそうです」
国王の説明に、リリちゃんが補足する。
要するに魔王の本名が分かれば倒せるんだな。
これは大変かもしれない。この世界の人の名前、俺にとってはかなり難しいのに。
覚えられるだろうか。
「本名ではない今の名前は、なんというのですか? 念のために」
「ああ、今名乗っている名は、『ヴォルデも……」
「アアアンンンンンン著作権ンンンンンン!!!!!!」
思わず叫んでしまった。
国王が目を丸くする。
「どうした!? 勇者よ!」
「いやあ~!! 恐ろしい名です! 恐ろしい名!! 言わない方がいいです!!」
「う、うむ。そうじゃな」
俺は頭を抱えた。
おい!!
開発陣!!
……は、いないのか。俺の夢か!
俺の頭はどうなってるんだよ! パクリとか考えたことないのかよ!
友達から聞いたネットミームしか知らないくせに夢の中でパクってくるなよ!!
バカバカバカ俺の頭!!!
「勇者様、大丈夫ですか?」
リリちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫。すみません」
「そういうわけですので、魔王の本名を探すために、勇者様には長い旅をしていただ……」
「トム」
「え?」
「トム。魔王の本名」
「なんですって?」
「トムが本名だから。前線に伝えてやって」
「あの、旅に」
「旅なんて行かなくていい。トム。もし違ったら旅するから。一回試してきて」
「わ、わかりました。陛下!」
「う、うむ。前線に伝えよ!」
***
「やりました! 魔王を倒しました!!」
報告を受けて、大広間は歓声に包まれた。
勇者召喚から一晩も経たないうちに魔王が倒された。
やはり本名は『トム』だったか。
あの名作通りでよかった。
俺の頭が単純でよかった。
「よくやった! 魔王は弱体化したのか?」
「はい! 皆で『トムー!』と声をかけたところ、魔王は恥ずかしさのあまり爆散しました」
「これも勇者のおかげじゃ! 礼を言うぞ!」
「どういたしまして」
「言葉だけでなく、きちんとした礼のために、これから祝賀会を……」
「いえ、学校があるので、すぐに帰りたいです」
「なんと! 『恥ずか死祝賀会』の準備は既に整いつつあるぞ? せっかくなら……」
「ありがとうございます。でも、早く帰りたくて」
「ふむ……それが勇者の望みならば、叶えよう……魔術師達よ!」
リリちゃんをはじめ、魔術師の人々が俺の周りを囲む。
魔術師団長が俺の前に来て、水の入ったグラスを手渡してきた。
「私は魔術師団長です。これから勇者様の帰還の魔法を指揮します」
「あ、さっき聞きました。クロダイ・アメリカザリガニ……」
「『ブラックバス・ブルーギル・アカエイ・白子』です。勇者様」
「すみません……」
「構いませんよ。発音が難しいですからね」
笑って許してくれた。
「私達が呪文を詠唱するので、その間にこの聖水を飲み干してください。そうすれば元の世界に帰れます」
「飲み干すんですね。分かりました」
「あなたのおかげで、この世界は救われました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「それでは、詠唱を始めます。皆、準備を!」
俺は聖水の入ったグラスに口をつける。
魔術師達が大きく息を吸い込み、詠唱を始めた。
「勇者様のーーー!! ちょっといいとこ!! 見てみたーーーい!!!」
聖水をこぼしそうになった。
「そんな掛け声で飲めるか!!!」
「勇者様! いけません! 飲まないと戻れませんよ!!」
「くそっ!!」
魔術師達の詠唱に手拍子も合わさり、ヒートアップしていく。
「飲ーんで飲ーんで飲んで!!」
「飲ーんで飲ーんで飲んで!!」
「飲ーんで飲ーんで飲んで!!」
俺は聖水を一気に飲み込んだ。
「飲ーんで飲ーんで飲んで!!」
「飲ーんで飲ーんで飲んで!!」
「飲ーんで飲ーんで飲んで!!」
カッ――
目の前が、真っ白に輝いた。
***
「ふごっ」
目が覚めた。
ざわざわとした教室。クラスメイトの姿。
俺はどうやら、戻ってきたらしい。
家に帰り始めている人もいる。今は放課後のようだ。
「カナト~、起きた~?」
声のした方に目を向けると、隣の席にいつものメンバーが集まっていた。
ミク、ハルト、リオ、タヌキの四人だ。
みんなで一冊のノートに何か書いている。
「なんで放課後になってから寝るの~? 普通授業で寝るっしょ~」
「あ、ああ、寝てたんだね……俺……」
「もう帰る?」
「うん、帰ろうかな。みんなは何してるの?」
「部活ないから世界作ってた」
「ん?」
「俺達が考えた最強の異世界。本気で強いよ? 見る?」
そう言ってハルトがノートを見せてくれた。
目に飛び込んできたのは、『ペンタゴン・ペンタゴン・サンダードラゴン』の名前。
「…………」
こいつらかあ~~~っ!!!!
「ど? 設定練りこんであるっしょ?」
「う、うん。すごいね……」
つまり、夢は夢だけど、隣でワイワイやってたこいつらの物語に沿った夢を見ていたということだろう。なんて人騒がせなやつらなんだ。変な夢を見せやがって。
そりゃー、自分達のノートに書き込んでるだけなら、著作権なんか気にしなくてもいいよなー……
そう思いながら魔王の名前も確認した。
『ヴォル出本・太郎』
「……魔王の名前に『太郎』はないだろ」
俺の呟きにハルトが反応した。
「いや、そのまんまパクったらJKに悪いじゃん」
「最強の魔王は間違いなく彼だから~、絶対入れてってあーしが頼んだんだけど~、そのまま使ったら~、JKファンとして失格なの~、わかる~?」
「俺らJKにはリスペクト持ってやってるから。そこんとこ忘れたら困るし」
「ウチら、今は弱小JCだけど、ゆくゆくはつよつよJKになる予定だから。先輩JKにはあらかじめ? ケジメ? ミカジメ? マジメ? みたいな」
「先手必勝。俺らの生きる道」
そういうところはちゃんとしてるのかよ……焦って国王のセリフ遮っちゃったじゃん……
「……でも、国王は『相沢ナオト』なんだね」
「当たり前。『出席番号1番相沢ナオト学級委員長』はウチらの頭であり、盾であり、希望」
「リスペクト。セカンドシーズン」
「あいつ以外に国王は任せられない」
「そっか……」
俺はノートを返した。
そのまま帰ろうかと思ったが、設定を盛り込む作業に戻ったハルト達に一声かけることにした。
「まあ、ほどほどにね……」
俺みたいに召喚された人間が困るからさ……
そんな俺の気持ちなど知らず、ハルト達はのほほんと返してきた。
「了解ボンバイエ~」
「ブリンブリン婆~」




