転機
※本作には、キャラクターによるいじめ、家庭内暴力、自殺の試み、および交通事故に関する直接的な表現・描写が含まれます。
苦手な方や、精神的に不安を感じる方は閲覧をご遠慮いただくか、ご注意の上お読みいただけますようお願いいたします。
(※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・いかなる事件とも一切関係ありません)
今日は死ねないな。
あちこちで、パトカーのサイレンが鳴り響いている。
遠くから、近くから、幾重にも重なって夜の空気を震わせる。
「自殺時は、音のない世界で。」
胸に抱き締めた本の表紙を、愛おしく指でなぞる。
あなたがそう言ってくれたんだもんね。
私を唯一助けてくれた、私だけの『幸せの本』。
サイレンの音が止むのを待ちながら、私はそっと目を閉じた。
━━この本と出会ったのは、まだ学生の頃だった。
毎日が地獄のようないじめの日々。
1秒だって、あの頃を忘れたことはない。
毎日のように、買ってきた本をクラスメイトに破られた。
本を持って行かなかった日は、ひどい暴力を受けた。
痛いのは、嫌いだ。
だから私は必死にお金を集めて、毎日、毎日、毎日、破られるためだけの安い本を買い続けた。
そんな絶望の底、中古本屋でびっくりするくらい安い本を見つけた。
それが、『幸せの本』だった。
どうせ破られるんだから、読む必要なんてない。
記憶に留めておく必要なんてない。
なのに、1ページ目を開いてから、手が止まらない。
私の人生が、そのままそっくり綴られていた。
優秀な姉と比べられ、いつも劣等感に塗れていた私。
酔うたびに、私に本物のナイフを向けてきた父親。
ある日突然、冷たくなって見つかった自殺した母親。
そして、学校で惨めにいじめられている、今現在の私。
でも、この本の主人公は報われている。
努力をして、姉を追い越した主人公。
ナイフを突き刺して、ナイフを向けなくさせた主人公。
母が死ぬ寸前で助けられた主人公。
いじめっ子を、あらゆる手段で潰した主人公。
いいな。
私もこれになりたい。
過去は変えられなくてもいい。
イジメられている今だけを変えられればいい。
そう思って、私は主人公と同じ行動をしてみた。
次の日の登校時、お花を三輪潰した。
そうしたら、主人公に一番、暴力を振るっていた人間の足は骨折していたから。
私もそうなると思って、できるだけ呪いの言葉を吐いて、花を潰した。
「死ね、死ね、消えろ。」
何回も踏みつけた。
何回も言葉を吐いた。
気が済んだ後、ゆっくりと学校へ歩みを始めた。
あいつが骨折をしていたら、どれだけ面白いだろう。
考えれば考えるほど、口から笑みが溢れる。
気づけば、私は席に着いていた。
こんなに晴れやかな気分で学校に居れるのは初めてだ。
学校のチャイムがなる。
私に暴力を振るってくるあいつはまだきていない。
いつもより先生が遅れて入ってきた。
そして口を開き、口早に言った。
「えー、みんな。朝から大変なニュースが入ってきた。
我がクラスの夜話夜話君が、先ほどトラックに轢かれたそうだ。
容体はかなり深刻らしく、今も心臓マッサージが続いているという連絡が入った。……では、今日の1限目の教科書を開いてくれ」
クラスメイトが轢かれて死にかけているというのに、先生の声には血が通っていなかった。まるで、あらかじめ決まっていた台本を読み上げるような淡々とした口調。
周りの生徒たちも、「へえ、そうなんだ」とでも言うように、無表情にノートを広げている。
この本以上の結末になった!
私は結末を変えられる!




