黄色い鍛冶屋
――あの後はよく覚えていない。
覚えているのは、無我夢中で走り続けていたことだけ。
アビリティは奪ったのかって? ……そんな余裕があったと思うか?
――てなことがあって、ボロボロになった俺らはなんとか塔から脱出し、気がつけば朝だった。
翌日。
俺は一人で、魔石をギルドへ納品しに来ていた。
「すみません。今回の依頼の報酬は特殊なため、鍛冶屋へ直接納品していただけますか?」
めんどくさいな。
まぁ、『いずれ』が『今日』になっただけだと考えよう。
「わかりました。この後、伺います」
「……あの、その目の下のクマ、どうしたんですか?」
言いづらそうに、心配の言葉をかけてくる。
「……気にしないでください」
俺は早く帰って休みたいんだ。
返答が返ってきた気がするが、気にせずギルドを出る。
***
普通は鍛冶屋は、煤が飛び散って、壁が黒に変色してるものなんじゃないの?
……ここ、鮮やかな黄色一色なんだけど。
武器の置かれている棚は明るいピンク。
窓際にはオレンジ、赤、白のポピーが青色の花瓶に飾られている。
……この世界ではこれが普通なのか?
「あら? お客さん?」
声のした方向へ視線を向ける。
そこにはいかにもなマッチョな男性はおらず、代わりに細身の女性がいた。
見た目だけで判断するが、鍛冶師には見えない。
……バイトか?
「あの、自分は魔石を回収する依頼を受けまして、それを納品しに来ました。これ、店主に渡してもらえますか」
「私がその店主なんですけど……」
……は?
いやいや、どう考えても違うでしょ。
鍛冶屋の店主はゴツいおじさんだろ。
そういう人がガンガン鉄を打ってるもんじゃないのか?
「……と、とりあえず受け取りますね」
俺は魔石の詰まった鞄を降ろし、彼女に差し出す。
重かったのだろう。受け取った後、「うっ」と、小さく唸っていた。
……スキルで筋力が上がっているわけではなさそうだ。
その後、重い足取りではあったが、近くに置いてあった机へ向かい、机の上で鞄を広げる。
すると、魔石の欠片をつまみ、じっと見つめる。
こういうのって、やっぱ時間かかるのかな。
――そう思った瞬間。
「終わりました。全て本物。量も問題なしです。……まぁ、質は及第点ですが」
……早いな。
これがプロの手際なのだろうか。
「あ、報酬を渡しますね。これをどうぞ」
紙切れを手渡されたので、受け取る。
そこには手書きで、「全品10%OFF」と書かれていた。
……チラシのクーポンかよ。
「じゃあ、武器を見させてもらってもいいですか?」
「もちろんです。よかったら、スキルでオススメを教えてあげましょうか?」
「そんなことできるんですか?」
「はい。別料金になりますが」
「……あ、じゃあいいです」
今の俺に料金のかかるサービスを受ける余裕などない。
――だから、無料にしてもらおう。
「そういったサービスは無料にすべきですよ。そうしたら、オススメされた商品を買う可能性が高くなるので」
「確かに理にかなっているかもしれませんね」
お、いけそうだな。
「ただ、私は自分のスキルを安売りするつもりはないので」
これが彼女の信念か。
だったら、諦めるしかないな。
「けど、依頼を受けてくれたお礼として、一回だけならいいですよ」
「え? 安売りしないんじゃ?」
「私はあなたに永続的に割引きされる、クーポンを渡しました。なので、ここであなたにいい印象を植え付けて、今後もご贔屓にしてもらおう、という魂胆です」
商売上手だった。俺みたいな、見様見真似とは違って。
「じゃあお願いします」
「はい。わかりました」
彼女は短く返事し、俺に近づいてくる。
すると、彼女は俺の目の前で止まり、目を見てくる。
「……瞬きしないでくださいね」
俺の体には変化はない。
ただ、彼女の瞳は黒から魔石のような白へと変化していた。
――まだだろうか。だんだん、瞳が乾いてきたのだが。
「……もう少しです」
少しずつ涙が滲み始め、限界が近いことを告げる。
彼女は平気なのだろうか。
――彼女の瞳の色が元に戻る。
「もう大丈夫です」
その言葉を聞いた瞬間、俺は目を閉じ、瞳を潤す。
「それで、何がわかったんだ?」
「私のスキルは親和性が可視化できるようになります」
彼女も稀スキルか。
それにしても、その親和性に……金銭は反映されているのだろうか。
「値段も反映されるので、安心してください」
彼女は俺の心を読んだかのように、そう答える。
「それで、結果はどうなった?」
そう聞くが、返答はすぐに返ってこない。
「……いつの間にか、敬語じゃなくなってません?」
「あっ」
そういえばそうだったな。
元は依頼主と請負人という関係だったが、それが少しずつ濁っていった感覚がしたせいか、無意識の内にタメ口になってしまった。
「そんなことより、話を進めましょう。親和性が高いのは……」
そう言いながら、俺の手を引っ張り、短剣の置かれた一角に連れて行かれる。
「……短剣か?」
「えぇ、君には……これかな」
その中の一つを手に取り、俺へ渡してくる。
その短剣は軽く、全長四十センチほど。
俺はゆっくり、刃を引き抜く。
――片刃、少し反りがある。
大半が黒曜石でできているが、縁は白の魔石でできている。
「詳しくはわかりませんが、君の中で強大なものが見えました」
きっと『一目連』だろうな。
「だから、君は武器をメインじゃなくて、補助として扱うべきだと私のスキルは判断したようです」
「だから、短剣か」
「えぇ、でも私も親和性の内訳はわからないので、断言はできませんが……」
本音を言おう、カッコいいな、この短剣!!
この短剣は俺の微かな中二心をくすぐる、いや鷲掴みしてくる。
俺が短剣に夢中になっていると、クスッと笑われてしまう。
「目がとても輝いていますよ。顔に出やすいんですね」
なんだか恥ずかしいため、目線を逸らす。
そんな俺がおかしかったのか、また笑われてしまう。
彼女は俺を子供と勘違いしているんじゃないか?
「……それでいくらなんだ?」
「話題を逸らそうとしているのが、見え見えですよ。まぁ、答えますけど」
彼女は伝票らしきものを俺に見せてくる。
えっと、金貨20枚。確か金貨は円に換算すると、10万円だから……に、二百万?
「たっか!!」
「大丈夫ですよ。割引きが利くので」
いやいや、だとしても180万だろ。手が出しづらいよ。
だって200万って、頑張れば一年暮らせるだろ。
何が値段も反映されるだ、手が出せない値段じゃねぇか。
「……きょ、今日はやめときます」
さっきまで、買う雰囲気を出していたにも関わらず、断るにはここまで勇気がいるんだな。
「べ、別のにします?」
事情を察しました、みたいな聞き方しないでくれ。より一層、悲しくなる。
「……いえ、今日は帰ります」
「……そうですか」
気まずい空気の中、俺はこの黄色い部屋を出る。
……涙目なのは触れないでくれ。
なんだか、通行人の姿すら見たくなかったため、俺は全力疾走で駆け抜けた。
――こうして、俺の目標がまた一つ増えた。




