回想:チートレベリング その1
この世界で生きる者たちに尋ねて、当然のように返ってくる言葉というものがある。
すなわち……。
「強くなりたい? だったら、モンスターと戦って倒すのが一番さ」
「どんな英雄も、最初は一匹のラビットを倒すところから始めるって聞くぜ」
「吟遊詩人が語る英雄譚も、とにかく、戦って、戦って、戦いまくってるからな」
……強くなりたくば、モンスターと戦って倒せというものであった。
結果、俺は前世の記憶を取り戻す前から、当然の自然現象としてこれを受け入れている。
滝から水が落ちるのと同じくらい、当たり前の現象。
人は、モンスターを倒すことで不思議な力が蓄積していく。
そして、一定まで力を蓄積させると、飛躍的に身体能力が向上するのだ。
不思議な力について、この世界の人々は名前を知らない。
飛躍的に身体能力が向上する現象についても、ただそういうものだと受け入れているだけで、これといって名前はつけていなかった。
だが、前世の知識を思い出した俺は、両者の名前を知っている。
前者は、経験値。
後者は、レベルアップだ。
多くのRPGがそうであるように、『セイントソード・サガ3』もまた、モンスターと戦い倒すことでキャラクターがレベルアップしていく。
そして、レベルアップの前後では、別人……とまで言ってしまうと大げさだが、ステータスは確実にアップするのであった。
と、いうわけで……。
一か月前、前世の記憶を取り戻した俺は、さっそくこの現象を検証するべく、城下町を離れたモンスターの生息地に出ていたのである。
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街道と言えば聞こえはいいが、山岳国家ローファンに至るまでの街道というのは、乾き、ひび割れた山道にロープで仕切りを作っただけの山道である。
当然のように急角度の勾配がそこかしこに存在し、ゲーム内において、無限の体力を持つキャラクターが走り回っていた時はなんとも思わなかったが、実際に自分の足で歩いてると、これはなかなか過酷な道であった。
そんな街道をあえて離れ、でこぼことして凹凸が激しい山中をしばらく行った先の小さな草原に、目的のモンスターたちは生息していたのである。
「出たな。
こいつが、ラビットの実物か」
そのモンスターを見下ろして、俺はそんな独り言を漏らす。
大きさは、おおよそボウリングのボール程度。
まん丸な体に四肢は見当たらず、ゴム毬のように柔軟な胴体をそのまま伸縮させてジャンプし、移動する。
肉体に不釣り合いなほど大きな口には、げっ歯類を思わせる歯が生えており……。
頭頂部には、兎のような長い耳が屹立していた。
――ラビット。
『セイントソード・サガ』シリーズにおける看板モンスターであり、全シリーズ共通で最も弱いモンスターである。
JRPGの最弱モンスターにありがちな、かわいらしさを追求したモンスターであるこいつは、下手な主要キャラよりもグッズ化される機会の多い看板役であった。
「じっと見つめてみても……名前やレベルは表示されないな」
仲間とはぐれている個体なのか、生息地の外れで一匹のん気に跳ね回っているラビットを見ながら、苦笑いする。
前世のゲーム画面ならば、ここは『ラビットLV01』と相手の頭上に表示される場面だ。
だが、半ば予想していたことだが、そんなものはどれだけ注視しても浮かび上がってこない。
ゲームとの相違点であった。
こいつが、データ上のキャラクターではなく、一個の生物である証にも思える。
と、そんな風にしていると、俺の気配に気づいたラビットがこちらを見てくる。
そして、俺を攻撃するべく、猛烈な勢いで前進……もとい、前跳ねを繰り返してきたのだ。
原作ゲーム内では描写されてなかったが、今生においては、店のお客さんなどに聞いたことがあった。
ラビットというモンスターは、草食性であると。
それゆえに、このローファン近郊では希少な草原地帯であるここらに生息しているのだ。
そして、草食であるというのに不思議なことだが……こいつらは、人間を見つけ次第、襲いかかってくる。
まるで、そうするのが宿命であり、使命であると言うかのように。
言うまでもなく、原作ゲームでは雑魚モンスターだから――だ!
「――ふっ!」
ラビットの動きをよく見て、俺に体当たりをする寸前のところで横っ飛びに回避。
こいつの跳ね回ってくる動きは、2020年のフルリメイク版そっくりだ。
「悪く思うなよ」
動きを確認したところで、腰から短剣を引き抜く。
俺ごとき子供が刃物を持ち歩くなど、前世では考えられなかったことだが、この世界では普通である。
ロープ切ったりとか、薪を加工したりとか、刃物が必要な場面は腐るほどあるからな。
確か、前世の爺ちゃんが子供だった時は、どの子も当たり前のように折畳式の小刀を持ち歩いていて、鉛筆削りや竹トンボ作りに使ったと言っていたっけ。
ただ、俺の持っている短剣は鍔も付いていて、かなり本格的な造りをしている鍛造品だ。
長く頻繁に使うものだからと、父が奮発してくれたのであった。
ラビットは今、体当たりを空振りしてつんのめっている。
絶好の隙に、逆手で握った短剣を振り下ろした。
「――ふん!」
本気で気合いを入れた時の叫びは、ややださいもの。
そして、これだけ気合いを入れたにも関わらず、刃はラビットに数センチ刺さったところで止まる。
毛皮と肉で阻まれたのだ。
これは……これは……。
「攻撃力が足りないってことかよ!」
叫びながら短剣を引き抜き、横っ飛びの回避。
バックジャンプじみたラビットの後方体当たりは、それで空振りに終わった。
この攻撃も、原作ゲーム通り。
原作ゲームと異なるのは、俺の非力さ。
――ならば!
「いやあっ!」
「おらあっ!」
「死ねえっ!」
同じような攻防を、何度か繰り返す。
そんなことをすれば血みどろになりそうなものだが、それはない。
モンスターは血を流さない。
それは、レーティングの壁がある原作ゲームと同様だった。
「ぶっ殺ーす!」
何度か、誤って自分の膝とか刺しそうになりつつも、ついに致命の一撃が入る。
「――ピギッ!?」
確かな手応えと共に、ラビットが断末魔の悲鳴を上げたのだ。
「はっ……はっ……」
荒い息と共に短剣を引き抜くと、ラビットがぐったりと脱力する。
そして、その体がまぶしい光に包まれた。
2020年のリメイク版で倒した時と同じ現象だ。
そのままラビットは、光の粒子となって俺の体へと吸い込まれていく。
これもまた、原作ゲームと同じ現象。
人々が言うところの不思議な力――経験値が、俺に吸収されたのである。
買い物にきた騎士さんから聞いた話だと、これを吸収すると確かな温かさがあるそうだが……なるほど、熱があった。
まるで、入浴直後のように、全身がポカポカとするのだ。
いや、これは、ポカ……くらいかな?
下手すると、ポ……くらいかもしれない。
それでいて、一瞬で感覚は消え去ったのである。
「多分だけど、得られた経験値が少ないってことだな」
俺は、この現象をそう結論づけた。
同じ騎士さんが、確かこう言っていたものだ。
『おれも、一回だけ力が上がったことあるんだ。
そう、見習い修行をそろそろ終えようって時期に、ゴライムを狩ってたらさ。
どのくらい狩ったかなあ……。
100匹? いや、200匹は狩ったかな?』
……と。
言わずもがな。力が上がったとは、レベルアップのこと。
ゴライムは、レオタードの材料になるナイロン布をドロップするローファン周辺の固有モンスターだ。
原作ゲームにも登場するが、レベルはラビットと同じ1。
経験値も同等程度である。
そして、さらに重要な事実があった。
原作ゲーム本編のディースシナリオは、序盤の滅亡時や中盤のローファン城奪還イベントで、NPCとして参戦するアマゾネスのステータスを参照できる。
そこで見れるレベルは、驚愕の――1。
副隊長のライラでさえ、2だ。
なお、主人公である16歳ディースの初期レベルが3である。
このことを踏まえると、俺が話を聞いた騎士さんは、レベル0の非戦闘者から、レベル1の戦える人間になったと考えるのが妥当だろう。
よって、俺の現在レベルも0。
そりゃ、武器が貧弱とはいえ、最弱モンスター相手に何度もぶっ刺す必要があるわけだ。
また、レベル上げに関しては更なる問題が存在した。
「『セイントソード・サガ3』は自分より低レベルの相手から経験値を得られない仕様だった。
本編初期のディースたちがレベル3なのは、非凡な才能の表現かな?
そんな何百匹も狩らずとも、レベルアップしてたし。
いずれにしても、ローファンを守るのに俺自身の実力は必須。
となると、最高レベル1のモンスターしか生息していないこの近辺で、正攻法のモンスター狩りをしても仕方ないな」
検証を終え、帰路につく。
実は、街の入り口を守る騎士さんには、父から命じられた届け物であると嘘をついているのである。
山岳地帯にいくつか存在する小村なら、子供の足でも往復できるからな。
そして、やはりというか、この抜け出し方にも問題があった。
「子供の俺じゃ、街を抜け出すにもいちいち嘘とかが必要になるが、毎回それじゃ、怪しまれる。
普通のモンスター狩りじゃロクにレベルアップできない問題と、簡単には城下町を抜け出せない問題……。
両方解決するには、やはりアレしかないな」
険しい山道を歩きながら、他人に聞こえない小声でぶつぶつとつぶやく。
アレが何かって?
決まっている。
ゲームにはつきもののやつ。
……バグ技だ。




