第八話 再会
もし、貴方が誤って世界から外れ落ちてしまえば、湿気を帯びた異臭を放つカーペット、狂気じみたモノイエローの壁紙、そしてハム音のけたたましく鳴り響く、果てしなくどこまでも続く空虚な空間 "バックルーム" に迷い込んでしまうことになる。付近でなにかの気配を感じたならば、それは確実に貴方の声を聞いているだろう。不条理と不合理に呑まれた貴方に、あらん限りの救いを。
Level 8:洞窟網での再会
Level 8、この広大な洞窟網は、薄暗く湿った空気に満ちていた。天井に点在するわずかな光源は、数分と持たずに消え、俺たちの視界を常に闇へと引きずり込もうとする。カイの懐中電灯だけが頼りだった。彼の言葉通り、ここにはクモのようなエンティティが数多く生息しているらしく、時折、岩陰から不気味な気配を感じる。
「アキト、気をつけろ!奴らは光に敏感だ。」
カイの緊迫した声が響く中、俺たちは慎重に足を進めていた。そんな矢先、洞窟の奥から、複数のデスモスの雌がこちらに向かってくるのが見えた。全長1mを超える巨大な蛾は、羽音を立てながら高速で迫ってくる。
「数が多すぎる…!」
カイは持っていた銃を構え、正確な射撃でデスモスの雌を数体撃ち落とす。俺もナイフを手に、襲い来るクモ型エンティティを対処する。
俺の視界の端に、岩陰に隠れる小さな影が映った。エンティティ…!──にしては小さすぎる。俺はとっさにカイに叫んだ。
「カイ!あそこに何かいるぞ!」
カイは一瞬、俺の視線の先に目を向けた。その瞬間、カイは驚いたような顔をして、デスモスの攻撃をかわしながら、すぐにその影へと駆け寄った。
「アルか!?アルなのか!?」
カイの声が洞窟に響き渡る。懐中電灯の光がその顔を照らす。暗くてよく見えないが、俺たちを見上げるその瞳には、微かに紫色の光が宿っていた。
Back rooms コロニスト
「アル…!無事だったのか…!」
アルは俺にもにこやかに挨拶をしてくれた。彼の表情はどこか落ち着いている。この危険なLevel 8で一人、隠れ続けてきたとは思えないほど、彼は元気に見えた。
俺たちは一旦、身を隠せる岩陰へと移動した。
「オレ、カイ兄とはぐれてから、Level 8に落ちたんだ。でも、なんとかエンティティに見つからないように隠れてたんだ〜」
アルは得意げに言った。彼は卓越した知識を持っており、Level 8に生息するエンティティの習性や、この洞窟網の地形を熟知していたらしい。
「じゃあ、案内するからついてきてー」
洞窟の岩陰に沿って歩いていくと、何やら厳重な扉を発見した。扉には、「Back rooms コロニスト」という文字が書いてある。おそらくここのレベルの前哨基地なのだろう。
Back rooms コロニストとは、放浪者同士が結束した団体で、主にレベル0からレベル8までの各レベルに存在する団体だ。彷徨っている放浪者を救出し、必要な物資を渡したあと、安全なレベルに導くのが主な活動としている。そんなBack rooms コロニストは、レベル8までを最終拠点としているらしい。
アルが持っていたIDカードをかざすと、ドアが開いた。
「新しい人たち連れてきたよ〜」
アルが言うと、基地内の奥から、続々と人が出てきた。
リーダーらしき女性が、にこやかに挨拶をしてきた。
「レベル8へようこそ〜!ここの環境は地獄だけど、楽しいこともたくさんあるのよ」
それを聞いていたある男性が、銃を整備しながら言った。
「ここにある楽しい事なんて、せいぜいハウンドの餌やりぐらいだろう?待ってろ、今レベル11に連れてってやるから、準備しとけ」
「あの…」
「ねぇねぇ!あたしが作ったエンティティ鑑賞室、見に行かない?」
「おい、バカな事言ってないで、さっさと物資を渡したらどうだ?それに、お前が作るモノはろくな事にならないから、やめとけ。」
アキトが強引に割って質問した。
「あの!ここのグループって一体なんですか?」
「あー、すまない。言い忘れてたな。ここはBack rooms コロニスト。放浪者の支援をしている団体だ。俺はエンティティ駆逐担当のレイだ。よろしくな。あと、あそこにいる女がリーダー兼整備担当のオスクだ。」
「レベル8に放浪者が来るなんて久しぶりだから、すごく嬉しいの」
「そうだな。多くの放浪者は、ここに辿り着く前に、大半が殺されているか、アタマがイカれてエンティティに豹変する事が殆どだからな。お前ら3人はよほどの幸運の持ち主か、たいそうな実力の持ち主だな。まぁ、ここさえ来ればあとは大丈夫だ。安全は俺達が保証する。」
「アル、お前いつからここに来てたんだ?」
「ずっと前からここにいるよー」
「アルってやつ、凄くアタマが良くてな。お前の弟か?目の色が同じだが」
「そうです。俺はカイ、弟がアルです。そして俺と一緒に旅してたのがアキトです」
「アルはずっと、俺達の収集したデータベースを読んでてさ…気づいたら、オスクが整備している武器をいじり始めて、修理してたんだ。お陰で、俺達が使ってる熱線映像装置も直ったんだな。あいつは修理しても無駄だって言ってた癖にな。なぁ、オスク!」
レイは敢えて大きな声で言った。
「とりあえず、ここのレベルに用が無いなら、さっさと他のレベルに移動した方が良いぞ。大量のエンティティやクモと戯れたいなら話は別だが」
「たしかー、…レベル8を彷徨ったらー、レベル9だよね?」
「そうだアル。必要な物資はあるか?無いなら遠慮なく取っていいぞ。ここから出る時に使う装甲車を用意しているから、準備が整ったら呼びに来てくれ。」
しばらくの間、3人はBack rooms コロニストで休息を取り、必要な物資を調達したあと、新たな階層へ向けて準備を整えた。
「アルー、ちょっと話したいことがあるんだけど──」
3日後──
「よーし!必要な物資も整った事だし、そろそろ次に向けて出発しよう」
3人はこのレベル8にある前哨基地で、次の階層に向けて、着々と準備を整えていく。果たして、彼らが待ち受ける次なる階層、レベル9は一体、どんな空間なのだろうか──。