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第四話 経験者の証明

もし、貴方が誤って世界から外れ落ちてしまえば、湿気を帯びた異臭を放つカーペット、狂気じみたモノイエローの壁紙、そしてハム音のけたたましく鳴り響く、果てしなくどこまでも続く空虚な空間 "バックルーム" に迷い込んでしまうことになる。付近でなにかの気配を感じたならば、それは確実に貴方の声を聞いているだろう。不条理と不合理に呑まれた貴方に、あらん限りの救いを。


物資調達


挿絵(By みてみん)


Level 4: Abandoned Office(廃オフィス)での休息とカイとの出会いは、俺、アキトに新たな希望と明確な目的を与えてくれた。


カイの弟、アルを探すという共通の目標ができたことで、俺たちの間には、この過酷なバックルームを共に生き抜くための、確かな連帯感が芽生えていた。だが、この広大な異世界を旅するためには、Level 4の資源だけでは心許ない。


特に、これから足を踏み入れるであろう危険なレベルへと進むことを考えると、十分な装備と物資は必要不可欠だった。


「このレベルは比較的安全だけど、いつ何が起こるかわからない。それに、次の目的地を考えるとな、今のままじゃ心許ない」


カイが、使い古されたナイフの刃を指でなぞりながら言った。彼の顔には、この世界で長く生きてきた者特有の、油断のない表情が刻まれている。俺は頷いた。俺が持っているのは、MEGにいた頃に支給された小型ナイフと、わずかなアーモンドウォーターと圧縮ビスケットだけだ。


「どこかで、もっと物資を手に入れる必要があるな」


俺たちは廃オフィスの奥へと探索を進めた。ひたすら続く机とキャビネットの迷路のような空間を、うねるように進んでいく。埃っぽい空気と、時折聞こえる金属の軋む音が、薄気味悪さを増幅させていた。


錆びたスチール製の棚が所狭しと並ぶ一角に差し掛かった時、奥から複数の話し声が聞こえてきた。俺とカイは顔を見合わせ、警戒しながら物音のする方へ慎重に近づいた。


棚の隙間から覗き込むと、そこには見慣れない数人の男たちがいた。彼らは皆、軍用のボディアーマーを身につけ、大型のライフルを携えている。その前には、様々な物資がぎっしりと詰まった物資保管庫が山積みにされていた。


「BNTGの支部か…こんなところにいるとはな」


カイが低い声で呟いた。その声には、僅かながらも緊張の色が混じっていた。


BNTG(Backrooms Nonaligned Trade Group)。それは、バックルーム内で物資の取引を行うトレーダー集団だが、その実態は傭兵や暗殺者とも言われ、その評判は決して芳しくない。荒れ者が多く、力ずくで物資を奪うことも辞さないと聞く。しかし、彼らが持つ物資は、俺たち放浪者にとって喉から手が出るほど欲しいものばかりだ。


特に、彼らが運んでいるであろう、安定した光源や高性能な通信機器、そして大量のアーモンドウォーターや保存食は、この先を旅する上で必要不可欠だった。


「どうする?取引を持ちかけるか?」


俺が尋ねると、カイは一瞬考え込んだ後、小さく頷いた。


「そうだな。どうせ物資は必要だ。だが…奴らは厄介だぞ」


俺たちはBNTGのいる場所へと足を踏み入れた。彼らの拠点は非常に厳重であり、データベースの記事によると、一度勝手に足を踏み入れた人間が帰ってきたことは、一度もないという。


男たちは一斉にこちらに銃口を向けたが、カイは臆することなく、冷静な表情で歩み寄った。彼らのリーダーらしき男が、無精髭を撫でながら、俺たちを値踏みするように見た。


「ほう…見慣れねぇ顔だな。何の用だ?」


リーダーの低い声が響いた。




不平等な取引

BNTGの隊員は、彼らが持つ物資を提示してきた。自動小銃や高出力のLEDライト、医療キット、そして大量のアーモンドウォーターや缶詰の保存食。確かに、どれも魅力的なものばかりだ。しかし、彼らが要求してきた「対価」は、あまりにも法外なものだった。


こちらの持っている僅かな物資や、Level 4で見つけた価値のありそうなスクラップに対しても、彼らは露骨に不釣り合いな交換を持ちかけてくる。俺が持っている小型ナイフですら、彼らにとっては取るに足らないもののようだった。


「おいおい、冗談だろ?これじゃあ、足元を見ているとしか思えないんだが」


カイが静かに、しかし明確な口調で言った。彼の声には、すでに怒りの色が見え隠れしていた。BNTGのリーダーが鼻で笑う。


「坊主、ここはバックルームだ。秩序も法律もねぇ。気に入らねぇなら、無理にとは言わねぇぜ。だが、ここは俺たちのシマだ。生きて帰りたきゃ、大人しく従うことだな」


その傲慢な態度と、暗に脅しをかけてくるような口調に、俺は思わず身体がこわばった。BNTGの隊員たちも、ニヤニヤと嘲笑を浮かべている。だが、カイは冷静だった。彼の目は鋭く、リーダーの目を真っ直ぐに見据えている。


「不平等な取引はしない。これでは、俺たちがリスクを負ってまで手に入れた物資を、お前らの肥やしにするだけだ。俺たちは、対等な取引を求めている」


カイの言葉がBNTGの隊員たちの逆鱗に触れた。リーダーが合図を送ると、ライフルを構え、銃口を俺たちに向けた。他のメンバーも一斉にナイフを取り出し、戦闘態勢に入る。その場の空気が一気に凍り付いた。


「ほう…随分と生意気な口をきくじゃねぇか。まだこのバックルームの厳しさを知らねぇようだな。お望み通り、ここで教えてやるよ」


リーダーが冷たい笑みを浮かべた。俺は咄嗟にカイを庇うように前に出ようとしたが、カイは俺の肩を掴んで制した。彼の指が、俺の肩を強く握りしめている。


「アキト、下がっていろ。こいつらは…俺が片付ける」


すると突然、カイの目が紫光の如く、光りだした。


「殺し合いは久々だな──。」

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