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女子高生が異世界転移したら、おじさん探偵に拾われました。  作者: 藤沢春
❖ Chapter 2 ❖ ブルーウッド王立公園殺人事件
9/16

9、大事なお金

 ブルーウッド地区二番地、ジョン・スターキーが営む店を出たあと、サウスタウン公園でひと休みしながら、ノベルと千恵は事情聴取の内容を整理していた。


「まあ、奴だろうな」


 ノベルがすでに当たりをつけているようだった。ベンチに腰を下ろすなり、タバコに火をつける。


「そうなんですか。なんとなく、私もそう思いますけど……」


 千恵にも、何か思うところがあったのだろう。


「あとは動機と凶器、証拠集めだ」

「証人はいないのかな?」

「まあ、アリバイもないだろうな。奴はどうやら独身だ」

「凶器の予想もついてるんですか?」

「おめえも分かんだろ。店で使ってる棒だろうよ」


 そう言いながら、二人は状況証拠をざっくりとまとめていく。千恵は相変わらず、丁寧にメモを取り続けていた。


「でも……もしあの人が犯人だとして、まだ犯行から三日ですよ? あんなふうに、普通に仕事なんてできるもんなんですか?」

「俺の経験上、犯人は犯行から三日は平気で働ける。その後から情緒が乱れるんだ。あんま例外はねえ」

「なるほど……そういうものなんですね」


 千恵は、現在起きていることの詳細に加え、自分の感じたことや、学んだことも、メモの端に書き加えていく。


「なにかジョンさんは、お義父さんを殺す理由があったんでしょうか?」

「それはまだ聞いてみねえと分かんねえな。ただなんとなくだが、ポール・マトロックの家になんかある気がする」


 ノベルはタバコの火種を指で弾いて、シケモクをタバコ缶へとしまった。


「お義父さんの家……」


 千恵はメモのページを戻し、シドから報告を受けたポール・マトロックの遺留品の欄を見返す。


「手紙類……本……生活用品……洋服……お金……やっぱり、お金が不自然ですよね」

「ああ。ジジイが持つにはデカすぎる額だ。俺が逆さになっても貯まりゃしねえ」

「ノベルさん、貯める気ないですよね?」

「うるせえな」


 二人は残された金額について、さらに深掘りをしていく。


「ご年配の方がお金を貯める理由って、なんだと思いますか?」


「老後の資金しかねえな。だが、あれの不自然なとこは、手をつけた痕跡がねえことだ。それに、これから使う気もなさそうな保管の仕方してやがる」


「じゃあ、何のお金だったか。なぜそんなふうに大事にしまわれていたか、ってことですね」

「ああ」


「私、思うんですけど……それほど大事にされてるお金って、何か特別な想いがこもってると思うんです」


 千恵は少し眉をひそめ、公園の遠くを見つめるような眼差しをした。


「聞かせてくれ」


 ノベルは何か千恵から察したのか、心を落ち着かせるべく、二本目のタバコに火をつけ、ベンチの背にもたれて天を仰ぎ、煙を吐いた。


「私、中学の頃からアルバイトしてました。おばあちゃんの年金もあったんですけど、やっぱり生活には不安があるし、高校に進むにはお金が必要で……。だから、自分で稼がなきゃって思ったんです」


「そこまでは、なんとなくこないだ聞いたな」


「はい。それで、当然節約もするじゃないですか。自炊すれば、二人分の食事なんてたいした金額じゃないし、本が大好きだったんですが、図書館に行けば無料で読めます」


 ノベルは天を仰ぎながら、無言で頷く。


「お金の大切さは、他の同級生やバイト先の大学生たちよりも知ってたと思います。ただ節約すればするほど、お金を使えなくなっていっちゃったんですけどね」


 ノベルはふう、と咥えタバコをくゆらせながら、静かに耳を傾ける。


「当然、余ったお金はすぐに銀行に入れて、大事に大事に貯めてました。それは私の大切な貯金で、おばあちゃんも協力してくれて。節約を手伝ってくれたり、年金から少しずつお金をくれたりしたんです」


 ノベルは黙ったまま、遠くを眺めながら話を聞いていた。


「そんなお金、絶対に無駄に使えません。学費にも使わなかった。他のやりくりで何とかしてました。逆に言えば、その貯めたお金は……一生使えなかったかもしれません」


 千恵の語り口調が少し変わった。ノベルはちらりと横目で千恵を見て、タバコの火種を弾く。


「几帳面なお義父さんは、きっとずっと、何かのために、何かのお金を貯めていたと思います。いえ、絶対にそうです」


 そう言って、千恵は膝の上で両拳を握り、少し俯いた。


「……なるほどな」


 ノベルはそれだけを口にし、その表情と言葉だけで、千恵の想いすべてを肯定した。


 沈黙が一瞬流れたあと、千恵が立ち上がった。


「聞いてくれてありがとうございます! ノベルさん、お昼食べに帰りましょ?」


 お昼の時間はとうに過ぎていた。二人は腹を空かせたのか、足早に事務所へと戻っていった。


 ーーーーー


「あれ? あそこにいるのリンちゃんだ。おーい、リンちゃーん!」


 千恵は小走りにノベルを置いて、リンフィーナに駆け寄った。


「ようやく帰ってきましたのね」


 事務所の前でリンフィーナが待っていた。


「なんだよ。今日は休みか?」

「いえ、午後の授業がなくなりましたの。どちらに行ってたんですの?」

「聞き込みだよ。被害者の義理のせがれんとこだ」

「中で説明するね」


 三人は事務所に入り、千恵はコーヒーの準備に取りかかる。


 今日あったこと、そして公園で話していた内容をリンフィーナに伝える。


「そういうことですのね。では、わたくしの感じたことを話してもよろしくて?」

「ああ、おめえもなんかあるのか」

「ええ、ございますわ」


 リンフィーナはカップを左手のソーサーに置き、テーブルの上に静かに両手で置いた。


「わたくしが思ったことは……犬ですわ」

「「犬??」」


 ノベルと千恵は同時に、リンフィーナへと視線を向けた。


「ええ、犬は嗅覚が鋭いというのはご承知のとおり。そして、飼い主に忠実であることも知られていますわね」


 二人は頷いた。


「まず、あの時あの子が飼い主の倒れている場所へ案内したことは、間違いありません。明らかに誘導するような動きでしたもの」


 千恵はうんうんと頷く。ノベルは吸い殻を指で伸ばし、そのシケモクに再び火をつけた。


「ではなぜ、わたくしたちだったのか。先ほど千恵から聞いたケーキ店の話で、確信しましたわ」


 千恵はごくりと唾を飲み込む。


「わたくしたちが食べていたチーズの匂い……それが理由でしょうね」

「あ、なるほど」


 千恵もすぐに納得したようだった。


「後頭部の打撃痕からも、同じチーズの匂いがしたのでしょう。ナチョチーズを食べていた者はあの場所に他にもいたけれど、あの子はわたくしたちにだけ反応した」


「私がもふもふ相手してたからだ」

「なるほどな……」


 千恵もノベルも感心し、深く頷いた。


「あの店、すげえチーズの匂いしてたもんな」

「うん、美味しそうだった。チーズケーキばかり並んでたから」

「あら、千恵はチーズケーキがお好きなんですの?」

「うん、甘いものならなんでも大好き」

「でしたら、今度お持ちしますわ」

「あ……ありがとう……ぜひ安いやつでお願いします」

「あんまたけえやつだと味が分かんねえよな」


 カカカと笑うノベル。珍しく笑顔を見せる彼に、千恵もリンフィーナも少しだけ心が和んだ。


「まとまったな。状況証拠はほぼ揃った。あとはシドに任せるか」

「こんな予想だけで大丈夫なんですか?」

「ああ。あとはあいつらがなんとかする。警察ってのは、そういう小さな情報の積み重ねで動くもんだ」

「じゃあ、お昼食べたら行こう」

「あら、ランチをつくるんですの?」

「うん、リンちゃんもお昼まだ?だったらリンちゃんの分も作るよ?」

「嬉しいですわ、また千恵の料理をいただけるのね」


 リンフィーナは千恵のつくる、“和食風”の料理に興味津々で、毎度舌鼓を打っている。


 千恵は昨日の残り物に加えて、タマゴ焼きを作り、三人分の昼食を用意するのだった。

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