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転移した女子高生、探偵に拾われる  作者: 藤沢春
❖ Chapter 2 ❖ ブルーウッド王立公園殺人事件
7/16

7、社会

「さて、リンとの待ち合わせだ、行くか」


 ノベルと千恵は、サウスタウン公園でしばしのんびりと休憩したあと、昨日の事件に協力するため警察署での事情聴取に応じることになっている。リンの下校時間にあわせ、署の近くで落ち合う段取りだ。


 事情聴取とはいっても、形式的なもので、主に情報の共有が目的となる。こちらからは、今日新たに仕入れた情報を提供する予定だった。


「遅いですわ!」


 リンが腰に手を当て、警察署の正門を塞ぐように仁王立ちしていた。


「わりぃわりぃ、ちょっと立て込んでな。そのかわり、千恵がお手柄だったぜ」

「そうなんですの? さすが千恵ですわ。わたくしの見込んだ通りですわね」

「えへへ。そんなことないよぅ」

「おめえは何様なんだっつう話だよ」


 軽口を交わしながら、三人は揃って警察署へ入っていく。それぞれ個別の部屋で聴取を受けたあと、再び揃って署内の捜査本部が設けられた大部屋へと通された。


 ーーーーー


「捜査協力、感謝します」


 まずはシドが口火を切り、ノベルたちが持ち込んだ情報の報告が始まる。


「という感じで、今回の収穫はこれだけだ」


 ノベルは、先ほど千恵が仕入れた「義理の息子」の情報について語った。


「ありがとうございます。では、被害者ポール・マトロックと、その亡くなった妻の戸籍を洗い直してみます」

「ああ、頼むぜ。で、被害者の家から何か出たか?」

「殺しにつながるようなものは特に見つかりませんでした。部屋はずいぶんと片付いていて、几帳面な性格が垣間見えます。遺留品はこちらになります」


 シドが提示した遺留品一覧を三人は眺める。通知や手紙、葉書に加え、金銭、生活用品、本棚にはわずかな書籍、洋服……。どれもごく普通の生活の名残ばかりで、むしろ老人にしては不気味なほど整然としている様子が想像できた。


「怨恨の線はねえってことか。……いや、まだ早計だな。これから裏付けってとこか?」

「はい、これからです」

「裏付けって、なんですの?」


 リンフィーナが小声でノベルに尋ねる。


「ああ、遺品や証拠品を全部かき集めて、事件につながりそうなものを一つひとつ精査すんだ。たとえば、状況証拠と矛盾がないか、とかな。そういうのを“裏付け捜査”って言う。……これが一番めんどくさい作業でな」


 ノベルは心底ぐったりしたような顔を見せる。


「まあ、今回は少なめですので。それほど大したことはありません」


 シドは涼しい顔で答えた。


「死因は?」

「断定しました。後頭部への打撃です。凶器はまだ見つかっていませんが、おそらく木製の棒状のものかと」

「一発か?」

「複数回ですね」


 だんだんと詰め寄っていくノベルとシド。


「しかし、ずいぶん金持ってたんだな」


 ノベルは遺された金銭の額に目を留める。


「そうですね。約二百金貨になります。普通の家庭ならともかく、一人暮らしの老人にしては多すぎますね」

「金銭目的の犯行だったら、とっくに盗まれてる額だな」

「ですね。その筋で狙われていた形跡がなかったか、もう一度洗い直してみます」


 トントンと書類を整える音が響き、一区切りついたところで、千恵が遠慮がちに口を開いた。


「あの……あの時の、大きなワンちゃんはどうしていますか?」

「ワンちゃん? ああ、犬のことですか。ええ、署で保管していますよ」

「おじいさんが亡くなって、飼い主を失った動物って、どうなるんでしょう?」


 千恵はおおよその想像はついていた。けれど、あえて訊いてみた。


「ご想像の通りです。しばらく経過したのち、処分されます」


 シドは、あらかじめ予測していたかのように淡々と答えた。その語調はあまりに機械的で、通過儀礼を語るかのようであった。


「そんな……なんとかならないんですか? 里親を探す制度とか……」

「そういった動物が手厚い保護を受けることは、基本的にありません。また、そのような制度も現状では存在しません」


 千恵はずしりと肩を落とし、うつむいた。残酷ではあるが、それがこの国の現実だった。


「犬を飼ってた理由も、ちょっと気になるな。その線も調べてみるか」


 ノベルとシドは、今後の方針についてもう少し話し合い、この日は解散となった。


 ーーーーー


「ワンちゃん、かわいそう……」


 三人は一旦事務所へ戻って資料を整理することになり、警察署から石畳の坂道を下って歩いていた。千恵は、先ほどのシドの言葉があまりに衝撃だったのか、ぽつりと呟いた。


「しょうがねえことだ。こうなんねえためにも、ペットはよく考えて飼わなきゃなんねえ」


 ノベルは、こうした案件を多く見てきた立場だ。おそらく、動物にあまり情を寄せたことがないのだろう。咥えタバコをふかしながら、千恵を諭す。


「わたくしのお屋敷でもペットは今飼っておりませんわ。理由は様々ですが、お父様の方針ですの」


 あの公園で犬と出会ったときのノベルとリンの様子を、千恵は思い出していた。あまり可愛がる風でもなかったことに、今さらながら納得がいく。


「まあ、あんまり落ち込むな。こういうことをいちいち気にしてたらキリがねえぞ」

「そうですわ。これからもっと社会の現実を知っていくことになるんですのよ」


 ノベルは人生経験、リンフィーナは貴族としての教育、それぞれに深い価値観を持っている。


「私は……まだ幼いんですね」


「ああ、そうだ。千恵はまだ子どもなんだ。これは下に見てるって意味じゃねえぞ。その感性は今の千恵だから持てるものだ。無理して大人になる必要はねえ」


「たまにはいいこと言いますわね、ノベル」


「たまにじゃねえ。それにな、千恵は千恵で、俺らにはねえ経験がある。それは辛かったろうが、かけがえのねえ経験だ。そういうのが人間の重みを作っていくんだ。人と比べすぎんな」


「そうですわね。人と比べても何ひとついいことなんてございませんわ。千恵、あなたはあなたでいなさい。わたくしは千恵のためなら協力は惜しみませんから」


「……二人とも……ありがとう。……うん、そうだね、よし!がんばります! 今日の晩ごはんの材料を買いに行きましょう!」


 千恵は二人に励まされ、ようやく元気を取り戻した。こういった切り替えの早さも、彼女の強さの一つだ。


「わたくしも、ご相伴にあずかっても?」

「もちろん!」

「なんでだよ。おめえは貴族様の豪華なディナーでも食ってろよ」

「わたくしにとって豪華なディナーは、今は千恵の心のこもった料理ですわ」


 三人は、昨日訪れた大きなマーケットへと向かい、買い物を楽しみ、千恵はその晩の料理に腕をふるうのだった。

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