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女子高生と魔法使いのお嬢様と探偵おじさんの異世界事件簿  作者: 藤沢春
❖ Chapter 2 ❖ ブルーウッド王立公園殺人事件
5/8

5、千恵の決意

「おい、千恵! 見るな!」


 ノベルが大声を張り上げ、千恵の意識と視線をそらそうとしたが、時すでに遅く、千恵はもう、その光景を目に焼きつけてしまっていた。


「あ……」

「千恵、リン。少し下がってろ」


 千恵はわずかに震えていた。おそらく、死体を見るのは初めてなのだろう。ノベルはふたりを死体の見えない位置まで誘導し、それから姿勢を正して死体を観察する。


 ポケットから手袋を取り出し、手早く呼吸と脈を確認する。間違いなく、そこに横たわっていた人物は既に息絶えていた。ノベルはさらにハンカチを取り出し、その顔にそっとかけて祈るような仕草をする。


 その一連の所作は、まるで長年の経験に裏打ちされた礼儀のようで、堂々としていた。


「リン、警察と救急を呼んでくれ」

「承知しましたわ」


 こんなことは滅多にあることではないはずなのに、リンフィーナは思いのほか落ち着いていた。すぐにその場を少し離れ、魔導タクトで信号を飛ばす。


「千恵、こっちだ」


 ノベルは千恵を気遣い、その場から一旦離れさせようとする。おそらく、恐怖で思考が混乱しているに違いない——そう想像していた。


 ——のだが。


 千恵はポケットから革製の手帳を取り出し、何かを黙々と書き込んでいた。


「千恵?」

「わんちゃんが……森……うつ伏せ……後頭部……」

「おい千恵? 何してるんだ?」

「はい?あ、えっと、さっき起きたことから、おじいさんの様子をメモしてるんですよ」

「……いやだから……なんでそんなことしてんだって訊いてるんだけど」

「だって、これから事件の推理をするんですよね? そのためにも、あったことを詳細に記録しておいた方がいいかなって」


 千恵はさらさらと手帳に書き込んでいく。その様子は、まるでノベルの長年の相棒であるかのようだった。


「千恵は肝が据わっていますのね」

「おめえも大概落ち着いてるけどな」

「わたくしは、どんな時でも狼狽えないよう帝王学を叩き込まれておりますもの。常に己を見失わぬようにと」

「いやそれ初登場の時のお前に言ってやりてえよ……」


 そうして三人は、警察と救急が到着するまでの間、簡易的なバリケードを作り、通行人や野次馬の視線から遺体を隠す工夫を施していった。


 ―――――


 警察が到着し、現場検証が始まった。三人は第一発見者として、また重要参考人として現場に立ち会うことになった。


 足跡や周囲に凶器となりうる物がないかを確認し、ひと通りの検証が進む中、ノベルはある刑事とやりとりを交わしていた。


「死体の身元はすぐに判明しました。ブルーウッド地区三番地に住むご老人です」


 刑事が遺体の持ち物から割り出した身元情報をノベルに伝える。


「商店が並ぶ地域だな。遺族は?」

「今、別働隊が被害者の自宅へ向かっています」

「そうか。犬は被害者の飼い犬か?」

「おそらく」


 ノベルが刑事と会話する横で、千恵もそっとメモを取り続けていた。


「そちらの子は?」


 当然、刑事が千恵を不審に思ったのだろう。ペンの先で指すようにして訊ねてきた。


「あ、ああ……こいつは俺の助手だ」


 ノベルは少し焦ったようにして、わずかに横に動き、千恵の姿を隠すようにかばった。


「(千恵、なにやってんだよ……)」


 ノベルが顔を横に向け、小声で囁く。


「えっと、メモ取ってるんです。助手ですから」


 千恵は少しだけ口角を上げ、そのノベルの横顔を見つめた。


「……まあ、いい」


 ノベルはその胆力にあきれつつも、後で軽く説教でもしてやろうと心の中で決めていた。


 ―――――


 ひととおりの検証が終わり、三人は一度自宅に戻ることになった。後日、警察署での本格的な聞き取りが行われる予定である。


 そして、帰り道。


「千恵、あまり首を突っ込むんじゃねえ」

「そうですわ、千恵。いきなり殺人事件だなんて、荷が重すぎますわ。今回は身を引きなさいませ」

「それにしても、お前ら……あんな死体見て気持ち悪くねえのかよ」

「当然、恐ろしゅうございますわよ。わたくしはあまり関わりたくございませんもの。ねえ、千恵」


 ノベルとリンフィーナの視線を受けた千恵は、少し俯いていた。その表情には薄暗い影が差しており、二人はてっきり、怖さで萎縮しているのだろうと考えていた。


 しかし——


「私……今、ドキドキしています」

「……そうか。まあ、そりゃそうだ。俺だって探偵とはいえ、チンケな浮気調査とか猫探しが主な仕事だしな。そうそう人の死に目に遭うもんじゃ……」


「いえ、そうじゃないんですよ……」

「あ?」

「なんですの……?」


 千恵はふいに立ち止まり、顔に深い影を落とす。ノベルとリンフィーナは、そこに何とも言えない予感を覚えた。


「私……これから事件の推理のお手伝いをするんですよね……?」

「え……えっと……」

「ち、千恵……?」

「私……がんばります! ノベルさんのお手伝いができることを、嬉しく思います!」


 千恵はグッと両手を握りしめ、天を仰いだ。これから待ち受ける捜査に、胸を高鳴らせていた。


 ―――――


「なあ、千恵。おめえはこの事件に関わんねえでくれねえか」

「私、第一発見者ですよ? 三人の中でも一番最初です」


 三人は事務所に戻り、コーヒーと紅茶を淹れ、今日の出来事を振り返っていた。


「まあ、そうなんですわよね。この三人は、ある程度捜査が進むまでは警察への協力が必要ですわ」

「そりゃそうなんだがな……千恵、おめえはそれでいいのか? いきなり異世界に来てすぐ目立つような事件に関わってよ」

「仕方ないじゃないですか。見ちゃったんですし、事件の真相も気になりますし」


 千恵のスタンスは変わらなかった。あくまでノベルの助手として関わるつもりなのだ。


「は〜〜……しゃあねえ! んじゃとりあえず飯でも食って、今日のことを整理すっか!」

「どこか外食でもしますの?」

「いや、そんな金はねえ!」

「ずいぶんカッコ悪いことを大見得切るのですわね……仕方ありませんわ。わたくしがお支払いしますわ」

「リンちゃん、もう悪いからいいよ。私が作ります。料理、得意なので」

「そうなのか?」

「はい。私、おばあちゃんと二人暮らしだったんです。両親はいなくて。それでアルバイトもしてたし、自炊もしてましたから」

「そうだったんですの……千恵は本当に苦労の連続ですわね……」


 千恵は改めて、自分の過去と地球での生活を二人に語った。両親は早くに亡くなり、父方の親戚に預けられたがうまくなじめず、少し離れた地に住む祖母が引き取ってくれたのだという。


 身体があまり丈夫ではなかった祖母のために、家事を一手に引き受けながら、祖母の年金と自らのアルバイトで生活を支え、高校も特待生制度を利用して進学したのだという。


「俺は千恵の逞しさをここで少し理解できた気がするぜ」

「わたくしも……そうですわね。改めて千恵の境遇に惻隠(そくいん)(じょう)を禁じ得ませんわ」

「いやいや! そんな……私も今考えるとすごい悲しい環境だったなぁとは思いますけど……日本って意外となんとかなる国なので、意外となんとかなってたんです」


 千恵は同情を拒むでもなく、ただそういった共感の眼差しに慣れていない様子だった。


「それよりも! お買い物行きましょう! この辺りにマーケットってありますか?」

「ああ、近くに大きな売り場があるぜ」

「ではそこに行きましょうか。なんだかこういうの、新鮮で楽しいですわ」


 そうして三人は、ノベルのわずかな持ち金で買い物を済ませ、千恵の手料理による、ささやかなディナーを囲む夜となった。

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