4、ブルーウッド王立公園
「なかなか様になってるじゃねえか」
「えへへ……ほんとですか? こっちの世界の人に見えます?」
「わたくしの見立てですのよ? 完璧でございますわ!」
三人は、リンフィーナがわざわざ屋敷まで戻って持ってきてくれた千恵のための洋服を一通り着せ終えたところだった。
なかでもリンフィーナが特に勧めたのは、千恵がもともと着ていた日本の制服の色――白と青。そのコントラストの美しさを気に入っていたようで、持ってきた服もその配色を多く選んでいた。
「やはり千恵は、この清潔感のあるブルーがとてもお似合いですわ」
「嬉しい……ありがとう、リンちゃん」
「べ、べつにかまいませんことよ……!」
「でもこのスカート、私にはちょっと派手じゃないかな?」
もともと目立つのが得意ではない千恵にとって、リンフィーナが持ってきたどのスカートも丈が短く、装飾も凝ったデザインだったため、少し戸惑っていた。
「あら、とても可愛らしいですわよ。外に出てみれば分かります。こんなの全然目立つ方ではございませんわ」
「そ、そうかな……」
そのほかにも靴やカバン、タイツや下着に至るまでリンフィーナは持参してくれて、最後にはささやかなアクセサリーも身につけてくれた。
「あと、この黒髪はどうしよう?」
最後の難題だった。こればかりはどうにもできそうになかった。
「いいんじゃねえか? そのままで。格好さえ整ってりゃ意外と平気だ」
「探偵の目に狂いはないのですの?」
「ああ。一瞬は目を奪われるかもしれねえが、それほど気にしねえ。人間、所作のほうがよっぽど不審に思う」
「それは納得ですわ。外見なんて、意外とすぐ慣れるものですものね」
「ああ。それに、千恵のその綺麗な黒の髪色を変えるなんてもったいねえ」
「……」
「あら、ノベルもけっこう言うのですね。感心しましたわ」
「なにがだ」
もともと赤みを帯びた肌の千恵の顔は、さらに赤くなり、目をぐるぐると泳がせていた。
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「さて、んじゃちょっくら外を歩いて、この街の案内でもするか」
三人は事務所を出て、ゆるやかな坂になった石畳の道を歩き始めた。ここは家屋と店舗、施設が入り混じる下町ながら、人の往来が多い地域である。王都からはやや離れているが、王政と貴族社会の影響を大きく受けており、街並みは厳しく統制され、雑然としないよう、また過度に派手にならないよう指導されていた。
ノベルとリンフィーナが並んで歩き、その少し後ろを千恵がついていく。
「わ、私、本当に大丈夫ですか?」
「全然平気ですわ。わたくしたちをジロジロ見る者などおりません」
「ああ、もっと顔を上げて堂々と歩いていいぞ」
「……わかりました。えへへ、すごく綺麗な街並みですね」
「ここはまだ下町だぜ。そのうち王都にも連れてってやるからよ」
「いつかわたくしのお屋敷にもおいでくださいませ」
三人は口調も歩調も軽やかに、ブルーウッド地区を練り歩いた。
「今日は日曜日だから、けっこう人出が多いな」
「わぁ……賑やかですね〜」
「ブルーウッド公園はこの国で一番の規模ですのよ。大道芸や出店、花見やスポーツの催しなど、一日中楽しめますわ」
ノベルの自宅兼事務所から少し歩いたところに、大きな公園がある。『ブルーウッド王立公園』は、この国の王が、ある時代に国民から投書を募り、「市民に娯楽を」との要望に応えて造ったものだった。たくさんの花を咲かせる木々に、噴水や広場、芝生などを配し、お金をかけずとも過ごせるように工夫されていた。
「千恵、そろそろ腹が減らねえか?」
「あ、そういえばそうですね。何も食べてなかったや」
「ちょうどいいところにナチョチーズチップスの売店がありますわ」
「たべたいたべたい」
三人は売店でナチョチーズがけとチリソースがけのチップスを買い、ベンチに並んで座って食べ始めた。
「ソーダもいただきなさい、千恵」
「ありがとう……お金、出してもらっちゃって……」
「いいんですのよ。千恵がちゃんと稼ぐようになったら、その時奢ってもらいますわ」
「貴族の令嬢が市民に奢ってもらうのかよ」
「あら、こういうのはきちんとしておかないとダメなのですわ」
「こっちで初めてできたお友達だもんね。うん、そうするね」
「お、お友達……うぐっ」
「どうしたの? リンちゃん」
「な、なんでもございませんわ。早くソーダをお飲みなさい!」
「うん、ありがとう」
と、その時だった。ワウワウと、大きな犬が近寄ってきた。
「うわ、なんだこの犬、でけえな」
「かわいい。もふもふだね」
「ずいぶん人懐こいですわね。どこかの飼い犬かしら」
三人はその毛並みと人慣れした様子から野良ではないと判断し、飼い主が周囲にいないか目を配った。
「タグがついてる。飼い犬で間違いねえが、それらしき奴がいねえな」
「こんな大きな犬を放すなんて、非常識な飼い主ですわ」
「はぐれちゃったのかもしれないよ? それなら困ってるかも……」
千恵はもふもふと犬を撫で、犬も千恵の頬をぺろぺろと舐めて応えた。
「しゃあねえ。飼い主さがすか」
「このままじゃ飼い主さんもわんちゃんも可哀想だし、そうしましょう」
「それにしても、この大きな公園で探すのは少々骨が折れますわ。交番に届けたほうが――」
その時だった。犬が突然「グルル」と低く唸り声をあげたかと思うと、駆け出した。
「あっ、まって!」
「なにかしら急に……追いますわよ!」
千恵はとっさに走り出し、犬のあとを追った。それに続くリンフィーナ。
「あ!? お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
ノベルは慌ててナチョスとソーダの空き箱をゴミ箱に投げ入れ、二人と犬を追いかけた。
ぐんぐんと走る犬。時折振り返りながら、まるで二人を先導するかのようだった。
「ちょっとどうしたのぅ」
「あの犬、なんで急に……? それにしても千恵ったら、ずいぶん足が速いのですね……!」
息を切らせながらも、リンフィーナはなんとか犬の背中を見失わないよう走った。
「おーい……ぜぇぜぇ……待ってくれ〜はぁはぁ……」
「まったくだらしないですわね。タバコばかり吸ってるからですわ!」
千恵とリンフィーナにまったく追いつけないノベル。しばらく追いかけたのち、ようやく犬がある場所で足を止めた。
「はぁ……やっと止まってくれた……」
「ずいぶん……人騒がせな犬ですわね……はぁ……」
ようやく追いついた二人が息を整えていると、ノベルもようやく辿り着いた。
「はぁはぁ……まったく……なんだってんだよ……」
「わんちゃん、この森の中に入っていったよ。行ってみる?」
「ここまで来たら、行くしかございませんわ。なにか、わたくしたちに知らせようとしたのでしょうに」
三人は公園の片隅にある森林地帯へ、犬の痕跡を辿って足を踏み入れた。
しばらくすると、千恵が犬の姿を見つけた。
「あ、いたよわんちゃん。おーい」
「なにやらこちらをじっと見ていますわね。なにかがあるのかしら……えっ!?」
「あ? なにかあったか? …………おい、千恵! 下がれ!」
ノベルはハッと察し、一番近づいていた千恵に身を引くよう声をかける。
その先に、彼とリンフィーナが見たのは――
老人が、倒れている姿だった。