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異世界探偵事務所  作者: 藤沢春
✿ Prologue ✿ 出会い
2/10

2、消えたペンダント

 千恵と同じ年頃の少女が、大汗をかきながら息を切らし、こちらをうかがっている。

 冬の名残をわずかに残した、春の気配が感じられる季節とはいえ、その汗の量は尋常ではなかった。どうやら、ただごとではないらしい。


「あ、ああ、確かにここは探偵事務所だ。だが、まだ営業時間外だぞ」


 ノベルはちらりと千恵をうかがいながら、少女に声をかけた。

 千恵は、ここが探偵事務所なのだと初めて知ったようで、やや驚いた顔でノベルを見た。


「わたくしの名はリンフィーナ・グロリアーナ。高貴にして名門、グロリアーナ家の次女でございますわ!」


 ノベルの言葉をまるで聞いていないその少女は、自らをリンフィーナと名乗った。

 釣り上がった眉はプライドと生意気さ、そして少しばかりの焦りを映している。


「おう、グロリアーナさんね。了解。悪いけど今はちょっと取り込み中でな。要件があるなら午後にでも――」


「わたくしのペンダントを探していただきたいのですわ!」


 まったく会話が成り立たない。ノベルと千恵は顔を見合わせ、あきれたような表情を浮かべる。

 それでも千恵はふっと笑って、「聞いてあげてください」とでも言うように、ノベルにやさしく目配せをした。


 ノベルは観念したように襟元を正し、姿勢を整えて向き直る。


「わかったよ、リンフィーナさん。俺はノベル・スプリングだ。じゃあ、まずは詳しく聞かせてもらおうか」


 ノベルは、紛失時の状況を聞くためにリンフィーナをソファに案内した。

 台所へと向かおうとするノベルを、千恵が先回りして微笑みながら制し、ノベルは「すまんな」とひとことだけ言ってソファに戻った。


「それで、探してほしいペンダントってのは、どんな物だい?」


「わたくしの通う『エクレール女学院』の校章でございますの。あれがなければ学院に入れませんのよ」


 学院の校章入りペンダントは、生徒証のような扱いで、持っていないと登校できないらしい。


「なるほどな。……でも、また作り直せばいいんじゃないか?それに遺失物なら、まずは交番に行くべきだ」


「だ、だめですわ!なくしたと知れたら、怒られてしまいますもの!」


「了解。エクレールの校章入りのペンダントっと……それで、最後にペンダントを見たのはいつ頃だった?」


「おとといの下校時に気づきましたの。それから、ずっと探し続けていますわ……」


 千恵がカチャリと音を立てて、紅茶の入ったカップとソーサーをリンフィーナの前に置いた。

 ノベルにはブラックコーヒーを。


「あら、気が利きますのね。ありがとうですわ……っっ!?!」


 リンフィーナは突然、顔を赤くして千恵を見つめた。

 千恵はその視線に気づき、首をかしげて不思議そうにリンフィーナを見返す。


「あ、あの……私の顔に、なにかついてますか?」


 不安そうに尋ねる千恵。

 しかしリンフィーナは、大きな目をさらに見開いて千恵の顔に釘付けになっていた。


 しばらくしてようやく、リンフィーナはハッと我に返った。


「な……なんでもございませんわ……!」


 スッと顔をそむけ、その明らかに挙動不審な様子に、ノベルと千恵は顔を見合わせて、揃って小さく首をかしげた。


「ま、まあ……続きを聞こうか。で、盗まれたっていう線は?」


「あんなもの、嫌がらせで盗む方なんておりませんわ」


「じゃあ落としたんだな。カバンの中か……学院の中で落としたとしたら、俺は入れねえな……」


 二人であれこれと可能性を検討しながら、カバンの中を探ったりもしたが、やはり見当たらない。


「あの……もしかしたら……」


 千恵が口を開いた。なにか思い当たることがあったらしい。


「リンフィーナさん、そのフワフワのマフラーをちょっと見てもらえますか?」


「はい?マフラーですか?最近はもう暖かいので昨日は使っていませんのよ――ありましたのです!」


「やっぱり」


 千恵は見事に当てた。


「な、なぜわかったんですの?」


「そのふわふわのマフラーじゃ、もう暑そうでしたから。登校中に汗をかいたんじゃないですか?」


「そ、そうですわね。暑くてイライラして、くしゃっと取ってしまいましたわ……その時ですのね……!」


「意外と単純な場所だったな」


 ノベルも感心し、うふふと微笑む千恵を横目で見つめた。


「ありがとうですわ。あなたのお名前をお聞きしても?」


「あ、えっと……千恵です。千恵(チエ)藤沢(フジサワ)です」


「チエ……千恵さんは、おいくつですの?」


「私は十六歳です」


「あら、わたくしと同じ年齢なのですね。ところで……その制服?この辺りでは見ない形ですわね。素敵ですわ」


「え?あ、ありがとうございます。えっと……」


 少し困惑する千恵。制服を褒められたことより、自身の出自を見抜かれたような気がして戸惑っている。

 ノベルの方を見て、助けを求めるような目を向けた。


「千恵、同い年だし、ちょっと話してもいいんじゃねえか?」


「そうですね……はい。あの、リンフィーナさん、少しお話ししてもいいですか?」


「あら、なんですの?わたくしでよければお聞きしますわよ」


 しばしの沈黙のあと、千恵とノベルは顔を見合わせ、静かにうなずいた。

 そして、語り始めた。


 ーーーーー


「……そうでしたの……それは、なんとも不憫ですわね……」


 リンフィーナは一切疑うことなく、むしろ心から共感し、千恵の境遇に同情すらしていた。


「もしわたくしがそんな立場でしたら……きっと、こんなに落ち着いてはいられませんわ。千恵さん、あなたは……とてもお強いのですわね」


「い、いえ、私もまだ受け入れられてませんよ?これからどうしようって……戸惑ってます」


「……わかりましたわ」


 リンフィーナは小さくうなずき、拳をぎゅっと握りしめると、勢いよく立ち上がった。

 ノベルと千恵は、その凛とした決意の表情を見上げる。


「わたくしも協力しますわ!千恵さん、この『リンフィーナ・グロリアーナ』に、なんでもお申し付けなさいませ!」


「え……あ、ありがとう……ございます……」


 千恵の瞳がうるみ、光をたたえる。

 今は何よりも、そのまっすぐな言葉が嬉しかったのだろう。


「千恵さん、まずはお洋服を着替えなさいませ。わたくしのお洋服をいくつかお持ちしますわ!」


「わあ、本当ですか?嬉しい……あ、あと、“千恵”で結構ですよ」


「承知しましたわ。それでは千恵!わたくしのことも“リンフィーナ”とお呼びなさい!」


「わかりました。では、リンちゃん、これからよろしくね」


「なっ……!『リンちゃん』……!!うぐぅっ!」


 なぜか鳩尾(みぞおち)を押さえて、悶え苦しむような動きを見せるリンフィーナ。


「同い年だし、背格好もほぼ一緒だし、ちょうどよかったな、千恵」


「はい、とても嬉しいです。お二人に拾っていただいて……本当によかった」


「それでは、さっそくお洋服を持ってまいりますのよ!少し待っていなさいませ!」


 疾風のごとく、リンは事務所から飛び出していった。

 その残像が見えるほどの勢いで。


「ふう……なんだか台風みてえなやつだったな」


「うふふ、そうですね。でも……解決できてよかったです」


 こうして、ノベル、千恵、リンフィーナ――三人のドタバタな日常が、いま幕を開けたのだった。

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