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ただの女子高生とポンコツお嬢様魔法使いと元刑事で独居中年男の探偵事務所  作者: 藤沢春
❖ Chapter 2 ❖ ブルーウッド王立公園殺人事件
10/16

10、追跡

 昼食を終えたノベル、千恵、リンフィーナの三人は、今日の収穫をシドに伝えるため、警察署へと向かった。


 通されたのは、捜査本部が設置された一室。そこでシドと面会し、情報の共有を行う。


 ノベルたちが話を終えると、シドはすぐさま鑑識に連絡し、被害者の後頭部周辺の毛髪を調べさせた。そして、間もなくその検査報告が上がった。


「鑑識の結果が出ました。仰る通り後頭部打撃痕の毛髪から微量の小麦粉とチーズ片が検出されました」

「せがれでほぼ間違いねぇだろうな。逮捕状か?」

「一旦、私が精査したのち、本部で最終判断となります。おそらく、明日の未明には被疑者宅に出向くことになるでしょう」

「わかった。んじゃ、頼んだぜ」


 これにて、ノベル探偵事務所からの協力は一段落を迎えた。


 三人が席を立とうとしたその時、シドが千恵に目配せを送った。千恵もそれに気づき、シドに向き直って口を開く。


「わんちゃんに……会うことはできますか?」


 千恵は手を前に組み、指を少し絡めながら、控えめにそう尋ねた。


「はい、できますよ」


 シドは一瞬だけ口角を上げ、わずかに頷いて答えた。


 それを見ていたノベルは、鼻から息を抜きながら、八の字に眉を寄せて片頬を持ち上げた。


「ワウワウ」


 あのときの犬が、警察署の遺失物保管庫のすぐ入口近く、動物用の大きなケージに収められていた。タグはつけられているが、まだ名前は与えられていない。


「わあ……元気そうでよかった」


 大きな犬は千恵が近づくと、尻尾をブンブンと振りながら、ハフハフと嬉しそうに鳴いた。


「えらいね、わんちゃん。きみが案内してくれたから、事件も解決できそうだよ」


 千恵はケージの隙間から手を入れ、犬の顔や身体を優しく撫でていた。


「なるほど……そうですね」


 シドは腕を組んだまま、片手で口元を押さえ、なにかを思いついたように独りごちた。


 ーーーーー


 その晩。事件はまだ解決には至らないものの、三人で糸口を掴んだことを祝って、ささやかなディナーが開かれることとなった。


 三人でマーケットを巡り、ノベルもいつもより少し良い酒を買ったものだから、千恵も食材をちょっとだけ奮発することにした。


 やがてとっぷりと日は暮れ、事務所へと戻ると、ノベルは今回の事件の書類を整理しはじめた。普段はあまり手をつけていなかった過去の書類も、千恵に頼まれたこともあって手をつける。


 香ってくる千恵の料理の匂いに、ノベルの片付けの手も自然とはかどっていった。


 一方リンフィーナは、一度屋敷に戻っていた。最近は屋敷で食事を取らないことが多く、家族への説明のためだという。夜道を一人で歩くわけにはいかないので、従者を一人伴って戻るとのことで、千恵はその従者のためにも、もう一人分の食事を作ると張り切っていた。


「まったくリンのやつ、こんなボロ屋に貴族様の従者なんて連れてくるのか?」

「自分でボロ屋って言っちゃった……まあ、いいじゃないですか。私、リンちゃんが本当に“貴族様”なんだって、今さらながらというかなんというか」

「わかるぜ。住む世界がちいっと違うよな」

「うん……でもリンちゃん、すごくいい子で、私なんかのためにいろいろしてくれて……本当に嬉しく思ってます」

「なんかアイツ、千恵のことになると、急に人が変わるよな」

「えへへ。そうですよね……でもちょっと、嬉しいな」


 そんなふうに、まるでリンフィーナがくしゃみでもしそうな話をしていたら、千恵がふと何かに気づいたように声を上げた。


「そうだ、塩がなかったんだ。忘れてた!」

「塩か? 俺が買ってきてやるよ」


「あ、いえ、大丈夫です。せっかく整理に気が乗ったんですから、そのままお願いします。私は今、手が離せますので」


 そう言って千恵はエプロンを外し、小走りで再びマーケットへ向かった。


 ーーーーー


「戻りましたわ」

「失礼いたします」


 リンフィーナは予告通り、一人の男性従者を連れてノベルの事務所に帰ってきた。


「おう、入ってくれ」


 ノベルは片付けの手を止めず、咥えタバコのまま二人を迎えた。


「紹介いたしますわ。当家、わたくし専属の剣士でございますの」

「マルス・ヴィクトラクトと申します。突然の訪問、誠に失礼いたします」

「ノベルだ。よろしくな」

「あら、千恵が見当たりませんわね。どこに行ったんですの?」

「ああ、さっき塩を買いに出たんだが、もう戻る頃だろう」


 千恵を除いた面々は挨拶を済ませ、リンフィーナとマルスはソファで待機。ノベルは引き続き片付けに精を出していた。


 ーーーーー


「〜♪」


 千恵はマーケットまで足を運び、雑貨屋で塩と鰹節を見つけた。ポケットからお札を取り出し、二つとも買えるか確認していたときだった。


「あれ……? あの人は、たしか……」


 千恵が見つけたのは――事件の最重要人物、『ジョン・スターキー』だった。


 その男は一人でふらふらと歩き、どこか遠くを見つめるような視線で、ただ黙々とマーケットを横切っていた。


「……どうしたんだろ……」


 千恵は胸の奥に、じわりと不安を抱いた。もしかすると――このまま、また第二の犯罪が起きてしまうのではないか。


 自分でも理解しがたい衝動に突き動かされるように、千恵はその男のあとを追った。


 ーーーーー


「……それにしても遅いですわね……」

「ノベル殿、千恵様はいつ頃お出になったのでしょうか?」


 リンフィーナとマルスは、どこか居心地の悪さも手伝ってか、千恵の帰りが遅いことを気にしていた。


「まあ、そうだな……三十分前ってとこか」


 相変わらずノベルは片付けの手を止めることなく、その問いに答える。


「おかしいですわね。マーケットまでは五分足らず。塩ならすぐに買い求めて、また戻ってくるのに合わせても十分もかかりませんのに……三十分は長すぎますわ」


「はいお嬢様。わたくしもそう思います。少々様子を見てまいりますので、千恵様の特徴を教えていただけますか?」


「え、えっと……綺麗で艶のある黒髪、顎くらいまでのまん丸いボブ、つぶらな瞳に、カワウソのような……か、可愛らしい顔立ちよ」


「おいリン、なんだそりゃ。褒めてんのか馬鹿にしてんのか、さっぱりわかんねぇな」


「よ、よろしいではございませんの! わたくしカワウソが大好きでございますの!」


「かしこまりました、お嬢様。すぐに行ってまいります」


 マルスはそう言うと神速の魔法を発動し、まさに光のごとき速さで駆け出した。


 そしてほんの一瞬の後、マルスは戻ってきた。


「お嬢様。千恵様が見当たりません」


 ―――――


 千恵は、ジョンの後ろをつけていた。

 ふらふらと不安定な足取りで歩くその姿は、まるで心がどこかに置き去りになっているようだった。

 千恵はそんなジョンの背を、ただひたすらに追っていた。


 やがて辿り着いた先は、つい先日、ノベルとリンフィーナと三人で訪れた『ブルーウッド王立公園』だった。

 ジョンはそのまま公園を突っ切り、さらに奥の森林ゾーンへと足を踏み入れていく。


「ここは……殺害現場の近くだ……!」


 千恵はハッとした。ノベルの言葉が蘇る。


『犯人は三日は普通だ。それ以降、情緒が乱れる。例外はあんまねえ』


 日本にいた頃にも聞いたことがある。

 犯人は、犯行現場に必ず戻ってくる――と。

 なるほど、まさにその通りだった。


 ジョンは、いったい何を考えて、またここに現れたのだろうか。

 千恵がそんなことを思っていた、その時。


「パキッ」


 枝を踏んでしまったのだろう、大きな音が森に響く。

 ジョンがハッと我に返り、振り返る。


 そして音を立ててしまった千恵を見つけ、言った。


「おまえ……探偵の後ろにいた女だな……」


「え……あの……その……」


 千恵は狼狽える。

 生まれて初めて向けられた、あまりに強烈な悪意。

 ジョンの冷たい眼差し、鋭い眼光に気圧され、千恵の足はすくんで動かなくなってしまう。


 ジョンは腰に差した木製の棒を抜き取り、右手に構えた。


「……もうこうなりゃおまえも道連れにしてやる……俺はもう終わりなんだ……」


「あ……あぅ……たすけ……」


 千恵の体はガクガクと震え、迫るジョンの視線をそらそうとしても、蛇女のように鋭く強いその目から逃れられない。


「あぅ……あぅ……ノベルさん……ノベルさん……」


 声を出そうにも出せない。喉の奥が何か大きなもので塞がれているような、息苦しさが込み上げる。


「こっちに来い。おまえも殺してやる。そして俺も死ぬ。道連れだ」


 ジョンが千恵に向かって手を伸ばし、腕を掴もうとした――その瞬間。


 千恵の体がふわりと宙に浮いた。


「ジョン・スターキー。拐取罪(かいしゅざい)の現行犯、及びポール・マトロック殺人の疑いで逮捕する」


 どこからともなくシドが現れた。

 ジョンの腕をそのままムンズとつかみ、手錠を片手にかけると、彼の体を前に押し倒し、後ろ手に両手錠をがっちりと嵌めた。


 同時に、千恵は大きな手にやさしく抱きとめられ、シドとジョンの大立ち回りに背を向けるように、視界がくるりと反転した。


 リンフィーナの従者マルスが、リンフィーナの指示とノベルの助言を受けて高速で千恵を探し回り、この公園へと辿り着いていたのだ。


「千恵様、ご無事ですか」


 紫の瞳に見つめられ、力強くもやさしい、温かいその腕の中で、千恵はふっと気が緩み、そのまま意識を手放した。


「はぁ……はぁ……やっぱ……ここか……」

「どうやら……間に合ったようですわね……」


 ノベルとリンフィーナもようやく到着し、安堵の声をもらす。

 マルスの腕の中で気を失っている千恵を見て、一瞬顔色が青ざめたが、マルスの「大丈夫です」の言葉に胸を撫で下ろした。


 ―――――


「うーん……」


「お、やっと気がついたか」

「千恵! 大丈夫ですの!」


 三人は警察署の救護室にいた。

 ベッドに横たわる千恵を、ノベルとリンフィーナが囲んでいる。


「あ……うん……平気みたい……」


 千恵は自分の身体をさすりながら、ゆっくりと半身を起こした。


「まったく……マジで生きた心地しなかったぜ……」

「ノベルの言う通りですわ……なかなか帰ってこなくて、従者に探しに出かけたらマーケットにもいなくて……」


「探してくれたんだ……ありがとう……ごめんなさい……」


 千恵はこみあげる感情の中、なんとか声を振り絞る。


「いえ、謝らなくていいんですのよ」

「ああ……悪い条件が重なっちまった結果だった。俺も一人で行かせて悪かった」


 珍しく殊勝に謝るノベル。

 その後、ノベルとリンフィーナがことのいきさつを千恵に説明し、三人は揃って部屋を出て、シドのいる捜査本部設置室へと向かった。

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