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異世界探偵事務所  作者: 藤沢春
✿ Prologue ✿ 出会い
1/11

プロローグ

「うごぁっ!」


 ドサッと突然、男の身体に何か重たいものが降ってきた。郊外の薄暗い野原。風が草むらを撫でるなか、その男はただ寝そべってタバコを吸っていた。


「あいててて……なんだってんだ……」


 その男――ノベル・スプリングはなんとか起き上がり、自分の身体に降り注いだ“物体”を見下ろした。


「え……?なにこれ……マジで?」


 ノベルは目を疑った。突然自分に襲いかかってきた“それ”は、なんと少女だった。年頃でいえば十代半ば、中肉中背のごく普通の娘である。


 そしてその少女は、気を失っているようだった。だが、息はしている。ノベルはその顔に耳を近づけ、呼吸を確認し、「よかった」と思わず漏らす。脈も取ってみて、異常がないことを確かめた。


(この服……なんだ、見たことねえ服だな)


 ノベルは少女の服にも目を向けた。この《王都ミンチェスティ》ではまず見かけない装いだった。白と青のコントラストが美しい、仕立ての良い制服のような服。スカートのプリーツの折れ方も職人技が光っている。胸元には見慣れない紋章。


 黒髪、少し赤みを帯びた白い肌。目を閉じているが、その顔立ちも、この地方ではまず見かけない。


 職業病なのだろうか、観察と分析は一瞬だった。


「さーて、どうすっかな……」


 ノベルは髭をさすりながら立ち上がり、改めて少女を見下ろす。口ではそう言いながら、結局放ってはおけないのがノベルである。


「厄介ごとにならなきゃいいけどな……」


 ぼやきつつも「よいしょ」と少女を背負い、ノベルは《ブルーウッド地区》へと歩き出した――王都ミンチェスティの、やや場末の下町へと。


 ーーーーー


「う……うぅ……」


「よぉ、気が付いたか? お嬢さん」


 少女は朝になってようやく目を覚ました。薄い毛布をかけられ、額には冷たい濡れた手拭い。寝かされているのは、ボロいソファの上。ノベルは窓際でタバコをふかしていた。


「あいたたた……私、どうしちゃったんだろう……」


「おお、まだ起きねえほうがいいぞ。多分、身体を強打してるからな」


 ノベルがクッション代わりになったとはいえ、どこかを痛めている可能性がある。


「えっと……うん、大丈夫です。頭も痛くないし」


 そう言って、濡れた手拭いを取り、目の下に大きなクマを浮かべたノベルを見つめた。


「そっか。そりゃよかった。……さてと、コーヒーでも淹れっか」


 ノベルはのそりと立ち上がり、台所へ向かう。


「あ、あの……その……あなたは、どなたですか?ここは……どこですか?」


「俺はノベル。ノベル・スプリング。ここは俺の家。悪いけどな、あんた気を失ってたから、ここまで運んだ。なにもしてねえから安心しろ」


 ぶっきらぼうながらも、きちんと説明はしていた。ノベルはわずかに目を細め、気遣うような口調で言った。


「そうなんだ……ノベルさん、私は……どうしちゃったんですか?」


「いや、それを聞きてえのはこっちだよ。おめえさん、突然俺の身体に落ちてきたんだからよ」


 ノベルはカチャカチャとカップを二つ用意しながら、咥えタバコで少女に状況を説明する。


「なにがなんだか……」


 少女は俯き、目を潤ませる。ノベルは淹れたコーヒーを木製のテーブルに置き、向かい合うように腰を下ろした。


「さて。まずはおめえさんのことを聞こうか。名前はわかるか?思い出せるか?」


「私……はい、大丈夫です。私は、藤沢千恵です」


「そっか。フジサワ・チエね。どっちで呼ぼうか。チエが苗字か?」


「いえ、そっか、ここは外国なのかな。『千恵チエ藤沢フジサワ』です。千恵って呼んでください」


「わかった。んじゃ千恵ちゃん、おめえはどこから来たんだ?」


 名前がわかったことで、ノベルは次々と質問を重ねる。ひとつひとつ丁寧に、情報をノートに取っていく。


「私は、日本という国の人間です。……わかりますか?」


 千恵も少しずつ心に余裕ができたのか、ノベルの目を見つめて問い返す。


「ニッポン?知らねえな。多分この世界には存在しねえ国だ」


 ノベルはコーヒーをすすりながら、足を組んだ。


「そうですか……たぶん私、別の世界に来ちゃったんですね」


「別の世界ねぇ……物語では読んだことあるけどな……」


 ノベルも千恵も、しばし遠い目をして思考に沈む。


「まあ考えても仕方ねえ。千恵ちゃん、歳はいくつだ?」


「十六歳です。高校生です」


「こうこうせい?学生のことか?」


「そうです」


 千恵は日本での教育制度を説明し始める。コーヒーも効いてきたのか、だいぶしっかり話せるようになってきた。


「なるほど……じゃあ千恵ちゃん、おめえはけっこう頭良さそうだな」


「そんなことないです。ごくごく普通だと思います。あと、“ちゃん”はいらないです」


「わかった。んじゃ千恵、その“日本”での最後の記憶はあるか?」


「えっと……おばあちゃんのお葬式が終わって……外に出たとき、何かがあった気がするけど、そこから先の記憶はもうないんです」


「魔法か何かかな……こっちにも一応、転移魔法ってのはあるがな」


「転移魔法……?っていうか、魔法があるんですか?」


 千恵はこの世界の常識に改めて驚いていた。ノベルが嘘をついているとは思えない。彼女はじっと彼の目を見つめる。


「あるぜ。日本にはなかったのか。……俺は使えねえがな」


「そうなんだ……私……本当に異世界転移しちゃったんだ……」


 驚きだけでなく、千恵はもう“悲しみ”のフェーズは越えたようだった。むしろ、どこか別の感情に浸っているような感じだ。


 ノベルは残ったコーヒーをあおり、最後にひとつ、核心を突く質問をした。


「千恵、おめえはその日本に帰りてえか?」


 単純だが、今の千恵には一番切実な問いだった。


「まだ……そんなこと考えもしないけど……わかりません。でも、帰れるなら帰りたいです」


「そっか。わかった。じゃあ帰れる方法を探すしかねえな。もしそんなことできるんなら……俺も行ってみてえけどな」


 ノベルは立ち上がり、背伸びをしながら、千恵に向かってニカッと笑った。


 千恵もその顔を見上げ、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「ノベルさん……その……言い忘れてました。私を助けてくれて、ありがとうございました。それに、一晩中このタオルを冷やして……当ててくれたんですよね?」


「あ?ああ、まあ……気にすんな」


 ノベルは頬をかきながら、照れくさそうに横を向く。


「じゃあ千恵、ちょっくら外に出てみねえか。公園にでも行って、新鮮な空気でも吸おうぜ」


 そう言って、ノベルが千恵を《ブルーウッド公園》周辺へ連れ出そうとしたそのとき――


「ごめんあそばせッ!!」


 バァンッ! 


 大きな音とともに、事務所の扉が叩きつけられるように開いた。


「「うわあっ!!」」


 ノベルと千恵は同時に叫び、扉の方へ振り向いた。


 そこに立っていたのは――ピンク色の髪にツインテール、吊り目に八重歯。千恵と同じくらいの年頃の少女が、仁王立ちしていた。


「ここは探偵事務所ですのよね?ちょっと頼み事がございますわ!」 

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