第二部:第三十九章 闇からの解放
崩れゆく神殿の最奥、淡い光が再び満ち始めていた。
“黒いささやき”の核心が砕け散り、闇の瘴気が徐々に引いていく。
床の文様が再起動し、神殿そのものが、長き封印の再構築を始めていた。
グレオスは、崩れかけた柱にもたれながら、深く息をついた。
もはや、彼の中に闇の魔力は残っていなかった。全てが、ふたりの想いに押し流されたのだ。
「……あれが、“本物の力”か……」
震える指で胸元を押さえながら、彼はぽつりと呟いた。
その背後から、そっと足音が近づく。
「グレオスさん」
振り返ると、麻希がゆっくりと歩み寄っていた。
服は土にまみれ、髪は乱れていたが、彼女の瞳は優しく、穏やかだった。
「……まだ、私に話しかける資格があると思うか?」
自嘲気味に笑う彼に、麻希は小さく首を振った。
「資格なんて、誰にもない。でも……想いは、いつだって“やり直す”ためにあるものです」
その声に、グレオスの瞳が揺れる。
「あなたが最後に剣を振るわなかったのは、自分の中の何かを信じたかったから、じゃないですか?」
「……甘すぎるな、君は」
「ええ。でも、わたし……そうやって、直哉に救われたんです」
グレオスが、かすかに目を伏せ、そして小さく笑った。
「……なら、私も、いつか誰かを救える存在になれるだろうか」
「なれます。必ず」
麻希が手を差し伸べると、彼は驚いたような顔でその手を見つめ――そして、そっと握り返した。
◆
一方、直哉は神殿中央で倒れかけた天井を支える支柱の前に立ち、ラウラとナディアの魔力を支援していた。
ナディアの結界が、いよいよ限界に近づいている。
「もう少し……封印の核が安定すれば、外に脱出できる道が開けます」
「ラウラ、あとは頼む。俺、ちょっと……大事な人、迎えに行ってくる」
そう言って駆け出す彼を、ラウラは目を細めて見送った。
(……あのふたりは、もう“恋”を超えてるのかもしれないわね)
◆
麻希がグレオスの肩を抱きかけたその時、祭壇の入り口から、息を切らした直哉が姿を現した。
「麻希っ!」
「直哉……!」
麻希の目が潤む。彼の姿を見た途端、すべての不安が吹き飛ぶ気がした。
「大丈夫か? ケガは……」
「平気。あなたが来てくれたから、全部……怖くなくなったの」
ふたりはゆっくりと近づき、自然と腕が絡まり合った。
「なぁ……終わったらさ、どこ行きたい?」
「うーん……花の谷。あの、小さな野原。覚えてる?」
「もちろん。約束したもんな、“何の目的もなく、ふたりで行こう”って」
「うん。……ちゃんと、覚えててくれたんだ」
「忘れるわけないだろ。お前との約束だぞ」
直哉の額が、そっと麻希の額に触れる。
「お前がいるだけで、世界が違って見えるんだ」
「……もう、ズルいんだから……」
麻希の頬がほんのり紅く染まり、彼女の唇が、照れたようにかすかに震えた。
それでも彼女は、もう何も言わず、そっと寄り添うように目を閉じた。
その静かな抱擁に、ラウラとナディアが顔を見合わせて、ほんの少し微笑みを交わした。
――封印の儀は成功し、“黒いささやき”の根源は砕けた。
神殿の崩壊が収まり、外へと続く光の回廊が開かれる。
「行こうか、麻希。今度は、俺たちの選ぶ未来へ」
「うん……ずっと、一緒にね」
ふたりの手が、ゆっくりと重なる。
世界を包んでいた闇が、少しずつ晴れていく中――
それは、恋が生んだ“解放”の夜明けだった。




