第二部:第三十八章 一対一の死闘
白光の祭壇が一度、淡く脈動したのち――
突如として、神殿全体に重苦しい振動が走った。
直哉と麻希が共鳴の力で封印を起動させたその瞬間、神殿に残っていた“黒いささやき”の核が最後の抵抗を始めたのだ。
「……まだ、残っていたのね。しつこいにもほどがあるわ」
ラウラが歯噛みしながら呪文を再展開し、ナディアが結界を張り直す。
だが、遅かった。
祭壇の光が一度、軋むように揺れたのを境に、黒い霧の柱が噴き上がる。
その中心から――再び、グレオスの姿が現れた。
「……まだ、終われん……私の中に、まだ“それ”が囁いている……!」
先の戦いで救われたはずの彼の心が、再び闇に染まりつつあった。
いや、それはもはや“彼自身”ではなく、“黒いささやき”が彼を依代にして暴れ始めているのだった。
「ラウラ! 麻希を守ってくれ! ナディア、封印を続けろ!」
直哉は叫びながら、グレオスの前へと歩み出た。
「直哉っ……待って、それじゃあなたが――!」
麻希の声を、振り返らずに直哉は遮った。
「大丈夫。俺は……もう、迷わない。守りたいものがあるから」
その横顔には、どこまでもまっすぐな意思が宿っていた。
◆
黒の鎧に覆われたグレオスの剣と、直哉の光の剣が交差する。
激しい衝撃波が神殿内を揺らし、崩れかけの天井から石片が降り注ぐ。
直哉は何度も弾かれ、打ち据えられ、それでも立ち上がる。
身体は限界を超えていた――けれど、足を止める気は一切なかった。
(麻希が待ってる。みんなの未来が、ここに懸かってる)
血がにじむ掌で剣を握りしめ、彼は再び立ち向かう。
その一瞬――麻希の声が、ふわりと彼の心に響いた。
『……あなたなら、大丈夫。信じてる』
その声は、まるで心の奥から湧き上がるような、暖かさだった。
――そのとき、直哉の中に眠っていた力が、完全に覚醒する。
“逆転の閃光”――完全解放。
剣が光を帯び、まるで時間そのものを切り裂くような鋭さを帯びていく。
「……この光は……?」
グレオスがたじろいだその瞬間――
直哉の一閃が、彼の胸元に深く突き刺さった。
爆音と共に、黒き瘴気が砕け散る。
グレオスが膝をつき、もとの姿を取り戻して倒れ込んだ。
◆
ふらつく直哉の身体を、真っ先に駆け寄った麻希が抱きとめる。
「直哉っ……! もう……もう、無理しないで……っ!」
彼は満足げに微笑んで、彼女の頬に額を預けた。
「……間に合った、だろ……?」
「うん。……うん、ちゃんと、来てくれた。わたしの“声”に応えてくれた……」
麻希の瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「……あなたが負けられないって言ったとき、わたし……本当に怖かった。でも今は、すごく誇らしいよ」
彼女の手が、直哉の頬に添えられる。
その優しさに、彼は安心したようにまぶたを閉じた。
「なあ……麻希」
「うん?」
「……好きだよ。心の底から、お前が――」
その言葉の続きは、麻希の唇がふわりと触れることで遮られた。
それは静かな、けれど確かな“答え”。
世界の崩壊を止める力よりも、もっと強くて、もっと深い、恋の証。
「わたしも……好き。あなたがいてくれるこの世界が、何より好き」
ふたりの唇が離れたとき、神殿の奥から再び封印の光が満ち始める。
ラウラが、小さく呟く。
「……完全な共鳴。心と心が重なり、愛が、黒いささやきを塗り潰した。これは、もはや奇跡よ」
ナディアがそっと目を閉じる。
「恋が、世界を救ったんですね……」
――そして、最後の封印の扉が、静かに、ゆっくりと開かれる。




