第二部:第三十七章 封印の祭壇
神殿の最奥――。
淡く光を放つ石造りの祭壇が、静かに魔力を脈動させていた。
天井は高く、空へと続くような広がりがある。けれどその場には、重苦しいほどの静寂が支配していた。
ナディアが祭壇の手前で結界を展開し、ラウラが古代の文言を唱えながら封印の核に触れる準備を進めている。
「……始めます。麻希さん、中央へ」
「はい」
麻希はひとり、祭壇の階段をゆっくりと上がっていった。
その足取りには迷いはない――はずだった。けれど、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
(直哉……今、どこにいるの……?)
彼が隣にいないことが、こんなにも心細いなんて。
けれど、信じてる。彼は必ず来る。自分との約束を、裏切らない人だから。
麻希が祭壇の中心に立った瞬間、床に刻まれた文様が淡く光り始めた。
ラウラが息を呑んだように告げる。
「……やはり。封印は“ふたりの共鳴者”の力が揃って、初めて完全に動作する」
「直哉さんが来るまで、少しだけ時間を稼ぎます」
ナディアが結界を強化し、外部の魔力の流入を抑え込む。
それでも、“黒いささやき”の力が、祭壇の奥深くからじわじわと漏れ出していた。
その瘴気にあてられ、麻希は膝をつく。
「く……っ……」
(ダメ……怖がっちゃダメ。だって、わたしは、彼と約束したんだから……)
――帰ってきたら、続き、しようね。
あの言葉が、胸の奥でふわりと灯る。
彼のぬくもりを、思い出す。それだけで、踏みとどまれる。
「……あなたがいないと、わたし……ほんと、何もできないのかも……」
その小さな呟きが、祭壇の光に染み込むように吸い込まれていく。
そのとき――
「……麻希!」
空気が裂けるように、彼の声が響いた。
「直哉……っ!!」
入口から走ってきた直哉は、息を切らし、身体に傷を負っていた。それでも、その足取りには一切の迷いがなかった。
「ごめん、遅くなった……! でも、お前が呼んでくれた気がして……止まれなかった」
麻希は目を潤ませながら、微笑んだ。
「ううん。待ってた。……あなたのこと、信じてた」
直哉が手を伸ばす。その指先が、麻希の手に触れた瞬間――
祭壇が、光を放った。
床の文様が激しく輝き、空間そのものが共鳴し始める。
ラウラが叫ぶ。
「共鳴の力が……封印の中核に届いてる! 今なら、儀式を起動できるわ!」
ナディアの結界が大きく震える中、麻希と直哉は祭壇の中心で手を重ねたまま、祈るように目を閉じた。
「直哉……わたし、この旅でずっと、あなたの隣にいたかったの」
「俺も。怖いとき、苦しいとき、お前の声だけが俺の道標だった」
「じゃあ……終わったら、ほんとに一緒に――未来を見に行こう」
「……絶対。俺から、離れるなよ」
「うん。もう、ずっと一緒だよ」
指が絡まり、光が弾ける。
祭壇の中央から、二人を包むように純白の光柱が立ち上がり、天へと昇っていく。
“ささやき”の黒き力と、それを打ち消すふたりの想いが、空間そのものを震わせる。
そして――
光の中で、ふたりはゆっくりと、額を寄せ合った。
祈りにも似たその距離で、心が静かに重なっていく。
ふたりの影が、ひとつになる。
それは、恋が世界を救うという、誰も知らなかった奇跡のはじまりだった。




