第二部:第三十六章 遺跡の最深部へ
神殿の戦いが終わり、崩れゆく空間の中――
ラウラの魔力が作り出す簡易結界によって、かろうじて全壊は免れていた。けれど時間の猶予は、あとわずかしか残されていない。
「“封印の祭壇”は、この神殿の最深部にあるはずよ」
ラウラが焦燥を滲ませた声で言った。
「ここからさらに、中央の回廊を抜けて……だが、そこには古代の結界が残っている可能性が高いわ」
ナディアは小さく頷き、魔導の紋を描き始める。
「わたしが前衛に結界を張ります。直哉さん、麻希さんは中央に。ラウラさん、後衛から魔力の流れを見てください」
けれど、その道を進む前――
「ちょっと、待って」
麻希が、静かに口を開いた。
「直哉は……わたしとは別行動を取って」
「えっ……なに言ってんだよ」
「封印の鍵は、ふたりの共鳴の力。でも、その最終段階に進むには、“神殿が選んだ導き手”しか通れないって……ラウラが言ってた」
ラウラが眉をひそめながらも、無言で頷く。
「おそらく、麻希の中にある“調律の声”がその資格を持っている。……直哉くんは、しばらく進入できないかもしれないわ」
「……それでも、俺は行く。絶対、離れない」
直哉の言葉に、麻希はそっと首を振った。
「信じてる。だから……来てくれるって、わたし、分かってるから」
その言葉に、直哉の表情が変わった。
「麻希……」
彼女は一歩、彼に近づいた。そして、まっすぐに見つめながら言った。
「わたし、あなたと出会って、初めて“誰かを信じる強さ”を知ったの。
あなたがいたから、わたしは自分を好きになれた。あなたが笑ってくれるから、怖くても立てた」
頬に、そっと彼の手が触れた。
「……俺も、お前に出会って、自分が変われた」
「だからね……この一歩は、わたしに踏ませてほしいの。
あなたに支えてもらった分、わたしが“鍵”になって、必ずこの封印を……未来を開く」
ほんの一瞬、ふたりの距離が近づく。
呼吸が重なり、心の音がひとつになるような静けさ――
けれど、麻希はあえてその距離を保ったまま、笑った。
「戻ってきたら……続き、しようね」
「……絶対に。約束する」
交わされた言葉は、指切りにも勝る誓いだった。
◆
麻希、ナディア、ラウラの三人は、祭壇のある最奥へと向かった。
直哉は、一人残された回廊で、崩れかけた床に膝をついて、息を整えていた。
「……本当に、強くなったな、麻希」
その呟きに、自分でも気づかぬほど、柔らかな笑みが宿る。
――だが、次の瞬間。
「フフ……いい絆だな。だが、最後まで守りきれるかな?」
背後から、残滓のように現れたのは、“黒いささやき”の分体だった。
「まだ……残ってやがったのか!」
直哉は剣を構え、敵の眼光をにらみつける。
(麻希……お前が、前に進んでるんだ。だから俺も、ここで負けるわけには――)
◆
一方その頃、神殿最奥の間。
麻希の目の前には、封印の祭壇が静かに佇んでいた。
ナディアがすぐそばで結界を張り、ラウラが呪文を紡いでいく。
そして――
「この祭壇が動くには、“共鳴者の力”が必要よ。直哉くんがここに来なければ、封印は完成しない」
「……来る。あの人は、絶対に来てくれる」
麻希の信じる声は揺るがなかった。
胸に手を当てる。そこには、直哉との日々が確かに宿っていた。
雨の日に重ねた手。
震えながら交わした約束。
迷いの中で交わした“好き”という言葉。
「――あの人がいないと、わたし……やっぱり、寂しいな」
その独白は、祈りのように空気へ溶けていく。
神殿の光が、彼女の言葉に呼応するように微かに明滅した。
そして、祭壇が“彼”を待ち始めた。
――ふたりの心が重なるとき、封印の真実が姿を現す。




