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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第三十章 森の試練

 翌朝、夜露の残る草を踏みしめながら、四人は“沈黙の谷”へ向けて歩き出した。

 封印神殿へ続く道は、かつて“森の心臓”と呼ばれた深い魔の森を抜けなければならない。

 光の差し込まないその森には、古代の結界が未だ残っており、“意志を持つ植物”や“記憶を惑わす霧”が進入者の行く手を阻むという。

 ラウラは杖を握り、険しい表情で言った。

 「この森では、心の揺らぎが“形”になる可能性がある。特に、感情の強い者は注意して」

 その瞬間、麻希まきの胸に、うっすらとした不安がよぎった。

 (心の揺らぎ……。もし、私の中にある“迷い”が現れたら……)

 不安を感じ取ったのか、直哉なおやがそっと歩み寄ってきた。

 「大丈夫。俺がそばにいるから」

 それだけの言葉なのに、なぜこんなに安心できるんだろう。

 麻希は、少しだけ笑って、小さく頷いた。

 森は、静寂すらも呑み込むような異様な空間だった。

 一歩ごとに、視界が歪み、草木が呻くように軋む。

 突然、霧が立ち込めた。

 「みんな、近くに……っ」とナディアが言いかけたとき――視界が、白に染まる。

 麻希は一人、深い霧の中にいた。

 「直哉……? ラウラさん? ナディア……?」

 返事はない。霧の奥に、何かの影が立っていた。

 「……あなたの声は、偽物。誰の心にも届いていない」

 ――自分の声だった。

 それは“迷い”が映した幻影。

 もう一人の麻希が、笑いながら迫ってくる。

 「あなたの力は借り物。調律? 共鳴? ……結局は、誰かに依存してるだけ」

 「違う……!」

 麻希は目を閉じ、胸にある“ぬくもり”を思い出した。

 ――直哉の声。彼の言葉。彼の笑顔。

 「私は……自分で選んだの! “誰かと共にいる”っていう道を!」

 その瞬間、霧がはじけ飛んだ。

 「――麻希っ!」

 駆け寄ってきた直哉が、真っ直ぐに彼女を抱きしめる。

 温もりが、恐怖を上書きしていく。

 「よかった……無事で……っ」

 「……ごめん、またあなたに助けられてばかり」

 「違うよ。今、お前がひとりで抜けたんだろ? 俺はただ、お前の“決意”を迎えに来ただけだ」

 その言葉が、心の底にまで響く。

 ふたりの額が、そっと重なる。

 「ねえ……直哉」

 「ん……」

 「ここまで来たから、今ならちゃんと言える」

 麻希の瞳は、もう揺れていなかった。

 深く、静かに、確かな想いをたたえている。

 「わたし……あなたのこと、ずっと前から、好きだった」

 直哉の目が、驚きと、喜びで見開かれる。

 「……マジで、今ここで?」

 「ここじゃなきゃ、言えなかったの」

 頬を染めながらも、麻希は逃げずに笑っていた。

 その強さが、直哉の心を撃ち抜く。

 「……俺も」

 「え?」

 「ずっと、ずっとお前に惹かれてた。でも、守らなきゃって思うたびに、言葉が遠くなって……」

 「……言葉にしてくれて、ありがとう」

 手と手が、ふたたび強く結ばれる。

 それは誓い。これから始まる“世界の運命”を乗り越えるための、ただひとつの答え。

 その後、ふたりが戻ると、ナディアとラウラもすでに霧を抜けていた。

 「ふたりとも……いい顔してるわね」

 ラウラが意味深に微笑む。ナディアは赤くなりながら、わざと目を逸らした。

 「べ、別に! わたしは何も見てないから!」

 「な、なんにもしてないよっ!? ね、直哉!?」

 「な、なんか、逆に怪しくなってない……?」

 慌てるふたりの姿に、森の中に、ほのかな笑い声がこだました。

 ――心の迷いを越えたふたりの絆は、もはや誰にも壊せないものとなっていた。

 そして封印の神殿が、静かにその扉を開こうとしている。

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