第九章 運命を変える力
悠聖の瞳が、まっすぐに紗江を捉えていた。
逃げられない。
でも、逃げたくない——。
紗江は自分の気持ちがどこに向かっているのか、はっきりと分かってしまった。
「……俺のそばにいてくれる?」
悠聖の囁きが、夜の静寂に溶ける。
心臓が大きく跳ねた。
彼の声が、こんなにも甘く聞こえるなんて——。
「……そんな風に聞かれたら、断れないじゃない」
紗江は震える声でそう返した。
悠聖は、ふっと微笑む。
「それなら……よかった」
そして、彼は紗江の手をそっと引いた。
——ドクン。
「ちょっ、ま、待って……!」
紗江の抗議も聞かず、悠聖は彼女を抱き寄せた。
「……待たない」
耳元で囁かれ、体が熱くなる。
悠聖の腕はしっかりと紗江を捕らえ、まるで「もう離さない」と言わんばかりだった。
心臓の音が、響くほど近くで聞こえる。
「君がそばにいるって、ちゃんと感じたいんだ」
悠聖が静かに言う。
その声の優しさに、紗江は全身の力が抜けていくのを感じた。
(この人は……私を、本当に必要としてくれてるんだ)
彼の温もりが心地よくて、胸がいっぱいになる。
「……私で、いいの?」
かすれそうな声で問うと、悠聖は少しだけ間を置いた。
そして——
「紗江じゃなきゃ、ダメなんだ」
そっと、彼の手が頬に触れる。
その指先が、あまりにも優しくて——
心が、完全に奪われてしまう。
「……そんな風に言われたら……」
紗江は、もう何も言えなかった。
彼に囚われたまま、ただ静かに目を閉じた。
月明かりが二人を照らし、夜の静寂が、甘い余韻を残したまま続いていた。