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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第二十九章 封印の神殿へ

 朝焼けがルセリアの街並みに射し込む頃、直哉なおや麻希まき、ナディア、そしてラウラの四人は静かに出立の準備を整えていた。

 行き先は、ラウラが文献の中で見つけた古代の封印神殿――“黒いささやき”の起源へと繋がる可能性のある場所。

 ルセリアに残る防衛は、すでに信頼できる指揮官へと引き継がれた。

 この旅は、誰も代わることのできない“選ばれし者たち”だけが進める道。

 そして、ふたり――直哉と麻希も、そこに迷いなく足を踏み入れていた。

 「出発前に、言っておきたいことがあるの」

 麻希が、ルセリアの門の前で静かに直哉を呼び止めた。

 朝霧の中で、彼女の瞳はまっすぐに揺れていた。

 「わたし……今回の旅が、すごく怖い。でも、それと同じくらい、あなたと一緒に進めるのが嬉しいの」

 直哉が目を丸くする。

 「麻希……」

 「あなたがそばにいてくれたから、わたしはここまで来られた。それに……」

 麻希は、ほんの少し視線を逸らしながら、でも最後まで口にした。

 「わたし、あなたと……未来を見てみたいって、初めて思ったの」

 空気が、柔らかく震える。

 直哉は黙ったまま、麻希の前に歩み寄ると、ぎゅっと彼女の手を握った。

 「俺もだよ」

 「……え?」

 「俺だって、お前と同じ気持ちでここに立ってる。どこへ行くにも、お前とじゃなきゃ意味がない」

 直哉は、恥ずかしそうに、けれどまっすぐに麻希の目を見ていた。

 「……だから、帰ってきたらさ。ちゃんと伝える。気持ちを、言葉で」

 「……うん。待ってる」

 ふたりは静かに微笑み合った。

 その目の奥に映るのは、不安ではなく、“信じる強さ”だった。

 道中、森を抜け、岩山のふもとに差しかかる。

 陽は高く昇っていたが、封印神殿があるという地帯には独特の“ひやり”とした気配があった。

 「この先、誰も近づかない“沈黙の谷”です。魔力の乱れも激しく、普通の人間では足を踏み入れられないと言われてます」

 ナディアが真剣な表情で言う。ラウラも慎重に地図を確認しながら頷いた。

 「この先は、四人で慎重に進みましょう。誰か一人でも気を抜いたら……命はないわ」

 その言葉の重みを、麻希は静かに飲み込んだ。

 けれど、手の中の温もりがある限り、怖さを超えられる。

 ふたりの手は、どこまでも自然に繋がれていた。

 その夜、谷の手前でキャンプを張った。

 ナディアとラウラが交代で見張りをすることになり、直哉と麻希はふたりきりで焚き火の前に座っていた。

 火が揺れる音だけが響く。

 「……明日、いよいよ神殿だな」

 「うん……緊張してる?」

 「してる。でも、それ以上に……お前と一緒にいる時間が、尊くて、今はこっちの方が怖い」

 麻希が首を傾げる。

 「なんで……?」

 「いつか終わってしまいそうで、怖くなるんだ。ずっと続けばいいのにって、願ってしまうから」

 麻希は、そっと彼に寄り添った。

 「終わらないよ。わたしたちが、終わらせないって決めれば」

 「……ああ。だから俺、今日のこの夜も、ちゃんと記憶に刻む」

 直哉は、焚き火の揺らめきの中で、麻希の頬に手を伸ばした。

 その手があまりにも優しくて、麻希の胸が甘くきゅっと締め付けられる。

 「……ねえ、キスしていい?」

 その問いに、麻希はほんの一瞬、驚いて――そして、そっと微笑んだ。

 「ううん……ダメ。今は、ダメ」

 「えっ……ご、ごめん……」

 「……代わりに」

 麻希は彼の肩にそっと寄りかかる。

 「このまま、眠るまで……ずっとそばにいて」

 「……ああ。離れないよ」

 ふたりの鼓動が、静かに重なっていく。

 火の粉がふわりと舞い、星空が優しくふたりを包み込む。

 ――それは、言葉より深く、心が寄り添った夜だった。

 明日、世界の命運を担う旅が、本当の意味で始まる。

 けれどこの夜は、恋と信頼だけが、そっと世界を包んでいた。


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