第二部:第二十八章 ラウラの研究進展
ルセリアの空に、ようやく青さが戻り始めた。
帝国軍が去り、街は再建の最中にある。けれど、その空気はどこか前よりも穏やかで、静かだった。
そんな中、ラウラの研究塔から、ある重大な進展が告げられた。
それは――
“黒いささやき”を封じる手段が、存在するかもしれない。
「古代文献の中に、“共鳴の封印陣”という記述があったの」
ラウラは、地図を広げながら淡々と語った。
「それは、この世界に“ささやき”が広がる以前――最も原初の時代に用いられた儀式で、“声”そのものを沈める力があるとされていたわ」
「それって、もしかして……“ささやき”の源に触れるってことですか?」
麻希の問いに、ラウラは頷く。
「そして、封印には“共鳴の力”が必要なの。ふたり一組の“繋がり合った魂”が鍵になるらしい」
「……俺たちか」
直哉が、麻希の横顔を見ながら言った。
麻希も、自然と彼に視線を向けていた。
“共鳴の力”――もしそれが、ふたりの絆を指しているのなら。
「そこまで行くのは危険も多い。でも、今のうちに動かないと、帝国も王国も“黒いささやき”に完全に呑まれるわ」
ラウラの言葉に、麻希は迷わず答えた。
「行きます。……わたしたちにしか、できないことだから」
静かに頷く直哉。その手が、自然と麻希の手を包み込む。
言葉はなかったけれど、その強さが“決意”をすべて代弁していた。
◆
その夜、塔の一角。
麻希は疲れた身体を癒やすように、窓辺でお茶を飲んでいた。
「……ここに来てから、いろんなことがあったな」
誰に話しかけるでもなく呟いたその声に、背後から優しい気配が寄ってくる。
「うん、ほんとに」
直哉だった。トレーニングを終えたばかりのようで、少し髪が乱れている。
けれど、その目は静かに麻希を見つめていた。
「……これ、飲む?」
「お、いいの? サンキュ」
湯気の立つカップを受け取る彼に、麻希は小さく微笑む。
その笑顔を見て、直哉はふと口を開いた。
「……俺、まだまだ強くなりたい」
「……うん」
「もっと、ちゃんとお前を守れるように。お前が怖がらないように」
そう言って、彼はカップを片手にそっと窓際に寄る。
麻希と、肩がふれるくらいの距離。
「……でも、最近思うんだ。守りたいってだけじゃ、足りない気がする」
「え?」
「隣に立って、同じ未来を見たい。お前の悩みや痛みも、俺が背負いたい。……そう思ってる」
麻希の胸が、きゅっと締めつけられる。
この人はいつも、真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる。
だからこそ、どんな言葉よりも、心が震える。
「……あなたって、ほんと、ズルい」
「え?」
「そんなふうに言われたら、好きがあふれちゃうじゃない……」
言葉が漏れた瞬間、直哉の表情が驚きから、ほんの少し照れたようなものへ変わった。
「……あふれていいよ。全部、俺が受け止めるから」
そして、そっと指先が触れ合う。
ほんの一瞬の間に、ふたりの空気がふわりと熱を帯びた。
「……旅に出る前に、こうして話せてよかった」
「うん。……今なら、どこへでも一緒に行ける気がする」
ふたりの手が自然と重なり、そのまま、小さな沈黙が夜に溶けていった。
それは甘くて、心がほどけるような時間。
明日からの過酷な旅路を前にして、それでも――
「一緒にいる」というその事実だけが、何よりの希望だった。




