第二部:第二十六章 逆転の閃光
戦場に夜が降り始めていた。
空に浮かぶ月の光すら、黒い煙に遮られ、どこか心細い。ルセリア南門の防衛線は限界に近づいていた。
直哉の肩は切り裂かれ、麻希の喉は声を張り上げすぎて掠れている。
それでも、彼らは引かなかった。
「……麻希。無理、してないか?」
「あなたのほうこそ……そんな傷で、平気な顔しないで……っ」
疲労と痛みの中で交わされる、ふたりだけの言葉。
誰もいない暗がりで見つめ合った瞳には、戦いよりももっと切実な“気持ち”が浮かんでいた。
「お前が……倒れなかったから、俺も踏ん張れた」
「わたしも……あなたがいたから、声を出せた。動けた……」
言葉は短くても、どこまでも深く、胸に届いていく。
そんな中――。
「……っ、来る! あれは……!」
麻希が声を震わせる。視線の先には、異様な瘴気を纏った騎士がひとり。
帝国兵の中でも“異質”とされる存在――まさに“黒いささやき”の影響を受けた者だった。
「あいつだけは……通しちゃいけねぇ」
直哉がふらつきながらも剣を構えたとき、麻希の胸に“何か”が走った。
(……怖い。けど、この人を……守りたい)
心の奥底。
“誰かを想う”だけで、湧き上がってくる熱がある。
それが――彼女の中に眠っていた“力”を、再び呼び覚ました。
「直哉……今、あなたの動きを……わたしが導く!」
次の瞬間――。
麻希の声が、戦場に澄み渡った。
「三歩、左! 踏み込んで――右から振って!」
その言葉に合わせて、直哉の体が動いた。まるで、誰かが背中を押してくれるような感覚。
「――うぉぉぉああああッ!!」
直哉の剣が、光を纏ったように閃いた。
瞬間、まばゆい“閃光”が爆ぜた。
目を焼くような光が、瘴気を裂き、敵の黒い鎧を粉砕する。
敵が地に崩れ落ちるのと同時に、静寂が広がった。
「……今のって……?」
ナディアが呟く。塔の上から見守っていたラウラが目を見張った。
「間違いない。今のは“逆転の閃光”……直哉に宿っていたはずの、眠れる力」
だが、発動は不完全だった。まだ不安定で、次に同じことができる保証はない。
それでも、確かに希望の光は差し込んだのだ。
◆
戦いがひと段落し、ふたりは再び砦の裏手にいた。
麻希は手当てを受けながら、そっと直哉を見上げる。
「……あのとき、なんだか……あなたが“光”みたいに見えたの」
直哉は苦笑しながら、自分の手を見る。
「俺も、自分の剣があんなふうになるなんて、思ってなかった」
「でも、すごく綺麗だったよ」
麻希の声は、柔らかくて、あたたかくて。
思わず直哉は、そっと彼女の髪を撫でた。
「お前の声が、導いてくれた。俺の力だけじゃ、あそこまでいけなかった」
その言葉に、麻希はふと頬を染めて、視線を伏せる。
「……じゃあ、あれはふたりの力、だね」
「うん、そうだな」
小さな沈黙。
けれど、どちらともなく近づいた顔と顔。
触れる寸前――。
直哉がそっと目を細めて、声を落とす。
「……もう少し近づいたら、止まれないかも」
「……止まらなくても、いいかも」
照れたように微笑んで、でも本気で。
その言葉に、直哉は静かに笑い返した。
「じゃあ……終わったら、続きしよう」
「うん、約束……」
夜風が吹き抜ける。
その中で、ふたりの手は、自然と重なり合っていた。
――力を導いたのは、“想い”だった。
そしてその想いは、ただの共鳴ではなく、確かな恋として育っていく。




