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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第二十四章 迫りくる帝国軍

 ルセリアに、重々しい鐘の音が響いた。

 朝焼けを裂くように告げられたのは、帝国軍の進軍開始。

 その軍を率いるのは――かつて、“黒いささやき”に触れた将校、グレオス。

 ただの侵略ではない。彼の軍が向かう先には、“共鳴者”である麻希まき直哉なおやの存在があると、彼自身も気づいているはずだった。

 ルセリアの街に緊張が走る。

 塔に集まったラウラ、ナディア、直哉、麻希。誰もがその重みに言葉を失っていた。

 「……ついに来たか」

 ラウラが苦くつぶやくと、ナディアが即座に魔法陣を展開する。

 「わたしが結界の主軸を張ります。けど、規模が大きすぎる……時間が稼げれば、なんとか……!」

 直哉が頷いた。

 「じゃあ、俺と麻希が外縁部で迎撃に出る」

 「えっ……わたしも?」

 麻希が驚くのも無理はなかった。けれど直哉は、まっすぐな瞳で彼女を見た。

 「今のお前なら、やれる。“調律の声”はもう、不意に発動する力じゃない。お前自身が、自分の意志で使えるはずだ」

 その言葉が、麻希の胸を強く打つ。

 ――信じられている。何より、彼に。

 「……うん。やってみる。絶対、負けない」

 ルセリアの南門前。

 魔導砲の設置、槍兵の配置。全てが急ピッチで進められる中、麻希は深く呼吸を整えていた。

 (怖くないわけじゃない。でも、わたしには……)

 「麻希」

 声に振り向けば、そこに立っていたのは、甲冑姿の直哉だった。

 不安も迷いも、その瞳にはもうなかった。

 「準備はいいか?」

 「うん……でも、その前に」

 麻希は、きゅっと拳を握ると、勇気を振り絞って直哉の腕をつかんだ。

 「もしわたしが危ない状況になったら――来てくれる?」

 その言葉は冗談のようでいて、けっして軽くなかった。

 本当に怖いのは、戦いじゃない。

 彼と離れ離れになること。ふたりの想いが、届かなくなること。

 直哉はほんの一瞬だけ驚き、すぐに顔を緩めた。

 「当たり前だろ。……何があっても、お前は俺が守る」

 その言葉が、麻希の胸に温かく染み込んでいく。

 不安はまだある。けれど、この言葉がある限り、負けないと思えた。

 「……ありがとう」

 そしてその時――

 遠方から、地響きのような音が響いてきた。

 大地を割るような足音、帝国の重装部隊が迫ってくる。黒い旗が、煙の向こうに見えた。

 直哉が剣を抜き、麻希は足元の魔導陣へと立つ。

 風が吹き、空が震え、そして――最初の衝突が始まった。

 戦いは熾烈だった。

 麻希は“調律の声”で戦場全体の動きを整え、直哉が前衛を守り抜く。

 「右から、狙撃兵が来る! そこを一歩左に! 今、回避してっ!」

 彼女の声が響くたびに、味方の兵がひとつ、ふたつと命をつなぎ、陣形が安定していく。

 「直哉、そこ、私が援護するから下がって!」

 「おう! 助かるっ!」

 ――ふたりの息は、完全に合っていた。

 お互いを信じ、任せ、支える。

 その姿は、戦場の誰もが“ひとつの奇跡”と見間違うほどだった。

 戦が一段落し、日が傾く頃。

 ふたりはようやく、砦裏の簡易幕舎に戻ってきた。

 麻希はその場にへたり込んで、深く息をつく。

 直哉は彼女の隣に腰を下ろし、傷の確認をしながらそっと声をかけた。

 「……ほんとに、よくやったな」

 「……わたしも、そう思う」

 ふたりは、自然と目を合わせる。

 「お前がいたから、俺……今日、生き延びた」

 「私も……あなたの声があったから、前を見ていられた」

 目が、近づいた。

 鼓動が重なり、呼吸が静かに合っていく。

 麻希は、ほんの一瞬だけためらったあと、そっと彼の胸に額を預けた。

 「……やっぱり、あなたがいないと、わたし……だめみたい」

 「……俺も、そうかもな」

 抱き寄せる腕が、そっと彼女の背を包む。

 それは“戦いの終わり”を祝うのではなく、また一歩、ふたりの距離が近づいたことを確認するような温度だった。

 ――戦いの中で、生まれる絆。それは、どんな剣よりも、確かな力となってふたりを支えていた。


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