第二部:第二十四章 迫りくる帝国軍
ルセリアに、重々しい鐘の音が響いた。
朝焼けを裂くように告げられたのは、帝国軍の進軍開始。
その軍を率いるのは――かつて、“黒いささやき”に触れた将校、グレオス。
ただの侵略ではない。彼の軍が向かう先には、“共鳴者”である麻希と直哉の存在があると、彼自身も気づいているはずだった。
ルセリアの街に緊張が走る。
塔に集まったラウラ、ナディア、直哉、麻希。誰もがその重みに言葉を失っていた。
「……ついに来たか」
ラウラが苦くつぶやくと、ナディアが即座に魔法陣を展開する。
「わたしが結界の主軸を張ります。けど、規模が大きすぎる……時間が稼げれば、なんとか……!」
直哉が頷いた。
「じゃあ、俺と麻希が外縁部で迎撃に出る」
「えっ……わたしも?」
麻希が驚くのも無理はなかった。けれど直哉は、まっすぐな瞳で彼女を見た。
「今のお前なら、やれる。“調律の声”はもう、不意に発動する力じゃない。お前自身が、自分の意志で使えるはずだ」
その言葉が、麻希の胸を強く打つ。
――信じられている。何より、彼に。
「……うん。やってみる。絶対、負けない」
◆
ルセリアの南門前。
魔導砲の設置、槍兵の配置。全てが急ピッチで進められる中、麻希は深く呼吸を整えていた。
(怖くないわけじゃない。でも、わたしには……)
「麻希」
声に振り向けば、そこに立っていたのは、甲冑姿の直哉だった。
不安も迷いも、その瞳にはもうなかった。
「準備はいいか?」
「うん……でも、その前に」
麻希は、きゅっと拳を握ると、勇気を振り絞って直哉の腕をつかんだ。
「もしわたしが危ない状況になったら――来てくれる?」
その言葉は冗談のようでいて、けっして軽くなかった。
本当に怖いのは、戦いじゃない。
彼と離れ離れになること。ふたりの想いが、届かなくなること。
直哉はほんの一瞬だけ驚き、すぐに顔を緩めた。
「当たり前だろ。……何があっても、お前は俺が守る」
その言葉が、麻希の胸に温かく染み込んでいく。
不安はまだある。けれど、この言葉がある限り、負けないと思えた。
「……ありがとう」
そしてその時――
遠方から、地響きのような音が響いてきた。
大地を割るような足音、帝国の重装部隊が迫ってくる。黒い旗が、煙の向こうに見えた。
直哉が剣を抜き、麻希は足元の魔導陣へと立つ。
風が吹き、空が震え、そして――最初の衝突が始まった。
◆
戦いは熾烈だった。
麻希は“調律の声”で戦場全体の動きを整え、直哉が前衛を守り抜く。
「右から、狙撃兵が来る! そこを一歩左に! 今、回避してっ!」
彼女の声が響くたびに、味方の兵がひとつ、ふたつと命をつなぎ、陣形が安定していく。
「直哉、そこ、私が援護するから下がって!」
「おう! 助かるっ!」
――ふたりの息は、完全に合っていた。
お互いを信じ、任せ、支える。
その姿は、戦場の誰もが“ひとつの奇跡”と見間違うほどだった。
◆
戦が一段落し、日が傾く頃。
ふたりはようやく、砦裏の簡易幕舎に戻ってきた。
麻希はその場にへたり込んで、深く息をつく。
直哉は彼女の隣に腰を下ろし、傷の確認をしながらそっと声をかけた。
「……ほんとに、よくやったな」
「……わたしも、そう思う」
ふたりは、自然と目を合わせる。
「お前がいたから、俺……今日、生き延びた」
「私も……あなたの声があったから、前を見ていられた」
目が、近づいた。
鼓動が重なり、呼吸が静かに合っていく。
麻希は、ほんの一瞬だけためらったあと、そっと彼の胸に額を預けた。
「……やっぱり、あなたがいないと、わたし……だめみたい」
「……俺も、そうかもな」
抱き寄せる腕が、そっと彼女の背を包む。
それは“戦いの終わり”を祝うのではなく、また一歩、ふたりの距離が近づいたことを確認するような温度だった。
――戦いの中で、生まれる絆。それは、どんな剣よりも、確かな力となってふたりを支えていた。




