第二部:第二十三章 中立都市の盟約
ルセリアの会議場は、通常では考えられないほどの緊張に包まれていた。
帝国ガルザーンによる進軍の報せを受け、街の有力者や各ギルドの代表、そして周辺自治都市の使節たちが一堂に会していた。
その中央――静かに立っていたのは、麻希だった。
その背後には、直哉とナディア、ラウラが控える。
帝国との全面戦争を防ぐため、そして“黒いささやき”に飲まれた世界を救うため、ここで麻希は“声”を使う決意をしたのだ。
だが――。
「所詮は子供のたわ言だ」
「我々の問題に、余所者が口を出すなど」
高圧的な声が飛び交う中、麻希は静かに目を閉じた。
(怖くないって言えば嘘になる。でも……)
彼女は一歩、壇の前に進んだ。
その瞬間――。
空気が震えた。彼女の声が、まるで心を撫でるように場内を包み込んだ。
「私は……“戦い”がしたいわけじゃないんです」
静かな、けれど芯のある声。
「ただ、“共鳴”を、もう一度信じたい。帝国にだって、民がいる。ルセリアにも、未来を守りたい人たちがいる。ならば、手を取り合う道を、もう一度模索してもいいはずです」
しんと、空気が変わる。
騒がしかった会場が、嘘のように沈黙した。
彼女の声が、各代表の心に直接届いたのだ。まるで、麻希の中の“調律の力”が、場にいた人々の胸を優しく震わせたかのように。
ラウラが小さく囁く。
「……これが“調律の声”の本質。力ではなく、“共に在る”ことを導く声」
やがて、老いたギルド長がゆっくりと立ち上がり、言った。
「……この娘の言葉、まっすぐだった。私は、協力に一票を投じよう」
次々と賛同の声が上がり、数分前まで疑念に満ちていた場が、嘘のように一つの“盟約”へと傾いていった。
◆
会議が終わったあと、ルセリアの夕陽が塔の窓を橙に染めていた。
麻希は安堵とともに、塔のバルコニーで風にあたっていた。
そこに、直哉がそっと現れる。
「……すげぇな。マジで全員、黙らせたな」
「……偶然だよ」
「偶然で、あんな空気は作れない」
そう言いながら、彼は麻希の隣に立ち、肩が触れるほどの距離で外を眺めた。
「……実はね、すごく怖かったの」
「うん、見ててわかった」
「えっ、嘘……そんなに顔に出てた?」
「うん。でも、だからこそすごかったんだよ」
直哉の声が、思いのほか真っ直ぐで、麻希は思わず黙り込む。
そして次の瞬間。
彼の手が、そっと彼女の手に重ねられた。
「……俺、今日改めて思ったんだ」
「なにを?」
「俺、やっぱり……お前に惹かれてる。前からずっとそうだったけど、今日の麻希を見て、“好き”って気持ちが止まらなくなった」
心臓が跳ねる音が、自分の耳にまで聞こえる気がした。
「……ほんとに、あなたって、ずるいよね」
麻希は視線を外しながらも、ぎゅっとその手を握り返す。
「わたしも……同じ気持ちだから。言わなくても、ちゃんと伝わってると思ってたけど……でも、言葉にしてもらえると……」
「嬉しい?」
「うん……すごく」
彼女は、顔を伏せながら、そっと寄り添った。
ふたりの肩が触れ合い、手と手が温もりを分け合う。
どこか世界の喧騒から切り離されたような、柔らかな時間だった。
「……約束しよう」
「約束?」
「この戦いが終わったら――もう一度、ちゃんと気持ちを伝える。今よりも、もっと堂々と、胸を張って」
「……うん。そのときは……わたしも、ちゃんと伝える」
夜風がふたりを撫でた。
心が少しずつ、でも確かに通い合い、絆へと育っていく。
――中立都市に“連携”の種が蒔かれたその夜、ふたりの心にもまた、“未来”という希望が芽吹いていた。




