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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第二十一章 ルセリア再訪

 夜の静けさの中を、三つの影が馬を駆る。

 直哉なおや麻希まき、ナディア。命からがら王都を抜け出した三人は、かつて身を寄せた中立都市ルセリアへと戻っていた。

 街が見えたとき、麻希の目にうっすらと涙がにじむ。

 「……戻ってきた、ね」

 「帰ってきた、って感じだな」

 直哉の言葉に、麻希はこくりと頷く。王都ではあまりに多くのものがあった。陰謀、捕縛、戦い、傷。けれど――今、こうして無事に隣にいられることだけが、何よりの救いだった。

 研究塔で待っていたラウラは、三人の姿を見て、目を見開いた。

 「……本当に、よく生きて帰ってきたわね」

 その声に、麻希は緊張をほどいたように直哉の袖をぎゅっと握った。

 その温もりが、まだ“夢じゃない”と教えてくれる。

 ラウラの研究塔に落ち着いたその夜。

 麻希は、直哉とふたりで塔の天窓の下にいた。

 頭上には満天の星。だが、どこか空気が重く感じられる。

 「……変わったね、この街」

 「うん。なんか、ざわざわしてる」

 夜でも聞こえる騎士たちの足音、町の緊張感――ルセリアにまで、王国と帝国の緊張が及んでいることは明らかだった。

 そんな空気の中、麻希はふと、何かを確かめるように直哉の横顔を見た。

 「ねえ、直哉」

 「ん?」

 「……わたし、強くなりたい」

 「え?」

 「王国で捕まった時、怖かった。でもそれ以上に、自分の力が封じられて、何もできなかったのが……悔しかった」

 彼女の声は震えていない。ただ、決意を秘めていた。

 「“ささやき”に頼るんじゃなくて、自分で考えて、自分の力で、誰かを守れるようになりたい」

 直哉は驚いたように目を見開いたあと、優しく笑った。

 「それなら、俺も負けてらんないな」

 「え?」

 「俺だって、まだまだ全然。だけど……お前と並んで歩きたいからさ」

 ふたりの視線が交差する。風がふわりと吹き抜け、麻希の髪を揺らした。

 その瞬間――。

 「……あ」

 直哉が手を伸ばして、優しく彼女の前髪を整えた。

 「……こういうの、ずっとしてみたかった」

 麻希の頬がかあっと赤く染まる。

 「な、なによ急に……っ」

 「ごめん、でもさ。もう、遠慮とかしてたら……後悔する気がして」

 直哉は、少しだけ顔を近づけた。

 「麻希。俺は――お前が、無事に戻ってきてくれて、本当に嬉しい」

 「……わたしも」

 言葉にして初めて、自分の想いがどれだけ重かったかを知った。

 この人が隣にいなければ、もう歩けなかったかもしれない。

 だから、そっと目を閉じて、額を寄せ合うようにして……ふたりは静かに呼吸を重ねた。

 触れることもなく、でも一番近いところで感じ合える距離。

 (こんなふうに、誰かと想いを重ねるなんて――)

 麻希は心の奥で、はっきりと“恋”の輪郭を知った。

 そのとき、“ささやき”がふたたび響いた。

 ――あなたたちの声は、確かに共鳴している。

 ラウラが語る。“黒いささやき”が動き出した今、世界は新たな局面を迎えるという。

 けれど、麻希の心にはもう迷いはなかった。

 直哉の手を、彼女は自分から強く握り返した。

 「ねえ、直哉。これからもっと大変になるかもしれないけど――一緒に、戦ってくれる?」

 「……ずっと、そばにいるよ」

 その誓いに、夜空の星がまたたくように優しく光っていた。

 ――再びこの場所から始まる、ふたりの“本当の旅”。

 その絆は、“黒いささやき”すらも打ち破る力へと育ちつつあった。


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