第二部:第二十一章 ルセリア再訪
夜の静けさの中を、三つの影が馬を駆る。
直哉、麻希、ナディア。命からがら王都を抜け出した三人は、かつて身を寄せた中立都市ルセリアへと戻っていた。
街が見えたとき、麻希の目にうっすらと涙がにじむ。
「……戻ってきた、ね」
「帰ってきた、って感じだな」
直哉の言葉に、麻希はこくりと頷く。王都ではあまりに多くのものがあった。陰謀、捕縛、戦い、傷。けれど――今、こうして無事に隣にいられることだけが、何よりの救いだった。
研究塔で待っていたラウラは、三人の姿を見て、目を見開いた。
「……本当に、よく生きて帰ってきたわね」
その声に、麻希は緊張をほどいたように直哉の袖をぎゅっと握った。
その温もりが、まだ“夢じゃない”と教えてくれる。
◆
ラウラの研究塔に落ち着いたその夜。
麻希は、直哉とふたりで塔の天窓の下にいた。
頭上には満天の星。だが、どこか空気が重く感じられる。
「……変わったね、この街」
「うん。なんか、ざわざわしてる」
夜でも聞こえる騎士たちの足音、町の緊張感――ルセリアにまで、王国と帝国の緊張が及んでいることは明らかだった。
そんな空気の中、麻希はふと、何かを確かめるように直哉の横顔を見た。
「ねえ、直哉」
「ん?」
「……わたし、強くなりたい」
「え?」
「王国で捕まった時、怖かった。でもそれ以上に、自分の力が封じられて、何もできなかったのが……悔しかった」
彼女の声は震えていない。ただ、決意を秘めていた。
「“ささやき”に頼るんじゃなくて、自分で考えて、自分の力で、誰かを守れるようになりたい」
直哉は驚いたように目を見開いたあと、優しく笑った。
「それなら、俺も負けてらんないな」
「え?」
「俺だって、まだまだ全然。だけど……お前と並んで歩きたいからさ」
ふたりの視線が交差する。風がふわりと吹き抜け、麻希の髪を揺らした。
その瞬間――。
「……あ」
直哉が手を伸ばして、優しく彼女の前髪を整えた。
「……こういうの、ずっとしてみたかった」
麻希の頬がかあっと赤く染まる。
「な、なによ急に……っ」
「ごめん、でもさ。もう、遠慮とかしてたら……後悔する気がして」
直哉は、少しだけ顔を近づけた。
「麻希。俺は――お前が、無事に戻ってきてくれて、本当に嬉しい」
「……わたしも」
言葉にして初めて、自分の想いがどれだけ重かったかを知った。
この人が隣にいなければ、もう歩けなかったかもしれない。
だから、そっと目を閉じて、額を寄せ合うようにして……ふたりは静かに呼吸を重ねた。
触れることもなく、でも一番近いところで感じ合える距離。
(こんなふうに、誰かと想いを重ねるなんて――)
麻希は心の奥で、はっきりと“恋”の輪郭を知った。
そのとき、“ささやき”がふたたび響いた。
――あなたたちの声は、確かに共鳴している。
ラウラが語る。“黒いささやき”が動き出した今、世界は新たな局面を迎えるという。
けれど、麻希の心にはもう迷いはなかった。
直哉の手を、彼女は自分から強く握り返した。
「ねえ、直哉。これからもっと大変になるかもしれないけど――一緒に、戦ってくれる?」
「……ずっと、そばにいるよ」
その誓いに、夜空の星がまたたくように優しく光っていた。
――再びこの場所から始まる、ふたりの“本当の旅”。
その絆は、“黒いささやき”すらも打ち破る力へと育ちつつあった。




