第二部:第二十章 脱出と決断
バルタスの術式が砕け散ったあとの王宮地下。
直哉と麻希は、ふたたび強く手を繋いだまま、崩れかけた回廊を駆け抜けていた。
「こっちだ、こっちに抜け道がある!」
案内していたのはナディア。
彼女も、クーデターの混乱に乗じて王宮から抜け出すための秘密通路を、神殿内部から導いていた。
「……大丈夫? まだ痛む?」
駆けながら、直哉が心配そうに麻希の肩に視線を向ける。あのとき負った傷はすでに応急処置されていたが、見るたびに、胸の奥が締めつけられるようだった。
「ううん、平気。だって……あなたが来てくれたから」
静かに微笑む麻希の言葉に、直哉の胸がまた高鳴る。
(こんな混乱の中でも、笑ってくれるなんて……)
そして、彼は気づく。
――麻希の笑顔が、今の自分の原動力になっていることを。
「出口はすぐそこ。だけど、騎士団が門を封鎖しようとしてるわ!」
ナディアの声に、緊張が高まる。
そのとき、前方から兵の影が現れた。残党か、それとも混乱に乗じて動いた第三勢力か――とにかく、時間はない。
「俺が前に出る! 麻希、ナディアを連れて突破してくれ!」
「だめ! ひとりにしないで!」
麻希の叫びが、石壁に反響する。
「私だって……あなたと一緒に戦いたい。だって……」
瞳が真っ直ぐに直哉を捉える。
「“一緒に生きて帰ろう”って約束したでしょ?」
直哉は一瞬だけ目を見開いたあと、小さく頷いた。
「――そうだったな。じゃあ、俺もお前の背中、預ける」
「うん!」
ふたりは並んで駆け出し、まるで呼吸を合わせるように敵陣を切り裂いた。麻希の“調律の声”が味方の動きを導き、直哉の剣が道を切り開く。まるで舞踏のような連携――その姿に、ナディアさえも息を呑んだ。
ようやく門を抜け、ルセリアへ向かう森の入口まで辿り着いた頃には、月が高く昇っていた。
荒れ果てた衣のまま、岩に腰を下ろし、直哉は麻希を見つめた。
「……本当に、命がけだったな」
「うん。でも、ちゃんと一緒に逃げられた」
疲れているはずなのに、麻希は少しも不安な顔をしていなかった。
それどころか、どこか安堵に満ちていて――直哉はたまらなく愛おしさがこみ上げた。
「……お前、すごいよな」
「なにが?」
「俺が情けなく見えるくらい、強い」
「……バカ」
麻希が微笑みながら、そっと肩を寄せてくる。
「あなたがそばにいたから、強くなれただけ」
静かな夜の森。虫の声すら聞こえないほどの静寂の中で、ふたりは寄り添って座っていた。
「……もう、逃げなくていいかな」
「うん。これからは、追いかける番だよね」
「“ささやき”の真実を。帝国と王国が何を企んでるのか。そして……」
直哉は少し照れくさそうに言葉を切った。麻希が首をかしげる。
「そして?」
「……お前と、ちゃんと未来の話をできる日を、迎えること」
麻希は頬を染めながら、ゆっくりと彼の肩に頭を乗せた。
「……約束ね。迎えよう、その日を」
やさしい風が、ふたりの髪を撫でる。
それはまるで、世界がふたりを肯定してくれているようだった。
――逃げた先にあったのは、恐れではなく“信じ合う想い”だった。
次に向かうのは、再びルセリア。真実を探す旅路が、今始まろうとしている。




