第八章 離れられない距離
月明かりが静かに降り注ぐ中、悠聖は紗江の手を包むように握っていた。
夜の静寂が二人を優しく包み込み、まるで世界に自分たちしかいないような錯覚を覚える。
「……こうしてると、時間が止まってるみたいだな」
悠聖が小さく呟く。
紗江は、彼の言葉の余韻に心がざわつくのを感じた。
(止まってくれたらいいのに……)
そんなことを考えてしまう自分が、少しだけ怖い。
「……悠聖」
「ん?」
呼びかけると、彼はすぐに応じた。
その声音が、驚くほど優しくて。
「……私は、まだよく分からないけど」
紗江は勇気を振り絞って、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなたのそばにいると、不安じゃなくなるの」
悠聖の指が、ぴくりと動いた。
「……それは、嬉しいな」
微笑みながら、彼は紗江の手をさらに強く握る。
「じゃあ、これからも俺のそばにいてくれる?」
「っ……」
その問いに、胸が大きく波打った。
(こんなの……ずるい)
優しくて、心地よくて、それでいて逃げられないほど甘い空気。
彼の視線が絡みつくように感じられて、まともに息ができない。
「……そんなの、反則……」
震える声で呟くと、悠聖がふっと微笑んだ。
「反則でもいい。君が俺のそばにいる理由になるなら」
囁くように言いながら、悠聖は紗江の髪をそっと撫でる。
——その手つきが、あまりにも優しくて。
心が、蕩けそうになる。
「……ずるい」
何度もそう思うのに、抗えない。
「ずるくても、いい」
悠聖は紗江の頬にそっと触れた。
その指先が優しく滑るたび、肌が熱を帯びていく。
「俺は……君のこと、大事にしたい」
そう言う彼の瞳が、あまりにも真剣で。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
(どうして……こんなに、この人に惹かれてしまうんだろう)
離れられない——。
そう思った瞬間、悠聖がさらに距離を縮めた。
「……っ」
息がかかるほどの距離。
月明かりが、彼の表情を優しく照らし出す。
まるで、このまま何かが起こってしまいそうで——
「紗江」
そっと囁かれる声に、体が震えた。
「……俺のそばにいてくれ」
迷いのない言葉に、紗江はもう何も言えなくなった。
ただ、静かに頷く。
——それが、彼に囚われた瞬間だった。