第二部:第十九章 捉えられた声
王宮の空が、緊迫した叫びで震えた。
突発的なクーデター未遂――
それは、内部で蠢く貴族派の一部が“ささやき”の力を奪うために仕掛けた、あまりにも無謀な行動だった。
その混乱の中で――麻希は捕らえられた。
神殿の地下にある封印区画、石造りの部屋に、彼女はひとり、静かに囚われていた。
手足は拘束されておらず、魔力を抑制する術式が足元に描かれているだけ。けれど、それが“声”の力を奪うには十分だった。
(直哉……無事でいて……)
囁きは静まっていた。いや、違う。彼女が、それを感じ取れなくなっていた。自分の中にあった共鳴の響き――それが、どんどん遠ざかっていく。
(もしかして……このまま、わたしは“調律の声”を奪われて、ただの……)
不安が、胸を締め付けた。
そこへ、重い扉が軋みを上げて開く。
現れたのは、黒衣の男。王宮の枢機卿――バルタスだった。
「……やはり、共鳴者は“感情”が鍵なのだな。恐怖、孤独、そして喪失……それが“声”を引き出す。興味深い」
「あなたには……わたしの力は扱えない」
声を振り絞る麻希。だが、響きは空しく石壁に吸い込まれていった。
「……わたしは……直哉と一緒じゃなきゃ……」
バルタスの目が、わずかに細められた。
「やはり、鍵は“絆”か。ならば、分断こそが最も有効というわけだ」
――その時だった。
遠く、雷のような音が響いた。城の外壁が一部破壊された合図。それに混じって、麻希の耳に、確かに聞こえた。
「――麻希っっ!!」
直哉の声だった。
「……っ!」
押し殺していた感情が、あふれ出した。恐怖と、絶望と、そして――強烈な安堵が、胸の奥から波紋のように広がっていく。
(来てくれた……やっぱり、来てくれた……)
部屋の空気が変わる。足元に描かれた術式がかすかに光を失い始めた。
「なに……これは……」
バルタスがわずかに動揺する。
麻希は胸に手を当て、震える唇で呟いた。
「わたしの“声”は……直哉と繋がってる。どこにいても……ちゃんと、届く」
扉が爆音と共に破壊される。
光の中から、息を切らした直哉が飛び込んできた。
「麻希!!」
「直哉っ……!」
その瞬間――彼女の中に、ふたたび“ささやき”が戻った。
けれどそれは、以前のものと違っていた。
優しく、あたたかく、愛おしさを含んだ、もう一人の“自分の声”。
「お前に……何もさせない」
直哉が、バルタスに剣を突きつけた。
彼の瞳は、まっすぐに麻希を見ていた。
「ごめん……俺、逃げろなんて言えない」
麻希の目に、涙があふれる。
「……ううん、嬉しかった。来てくれて……嬉しくて、息ができなくなった」
ふたりは駆け寄り、強く抱きしめ合った。
この再会が、どれほど尊いものか。
この絆が、どれほど強く、深くなったか。
それを知るには、言葉すら必要なかった。
「……俺、お前を絶対に離さない」
「わたしも……どこにも行かない」
ふたりの声が重なった瞬間、術式が砕け散る。
共鳴の光が、ふたりを包み込んでいた。
――“ささやき”に最も恐れられていたのは、きっと、こういう絆なのだ。




