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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第十八章 揺らぐ巫女の立場


 密偵の襲撃から二日が経った。

 傷を負った麻希まきの回復は順調だったが、それ以上に気がかりだったのは、王城内の空気が微妙に変化してきたことだった。

 ――特に、ナディアの周囲。

 巫女見習いでありながら、直哉なおやと麻希という“異界の者”を特別に王城へ引き入れたことが、一部の祭司や貴族たちの反感を買い始めていた。

 ある日の午後、王城内の中庭で。

 ナディアは、厳格な雰囲気を纏った老祭司に呼び止められた。

 「ナディア殿。貴女が連れてきたふたり……“共鳴者”などという不確かな存在に、王国の信用を賭けるのはあまりに危うい」

 「……私は、彼らがこの世界に必要な存在だと信じています」

 毅然とした声で返したが、老祭司の目は冷たく細められる。

 「信仰に、感情を混ぜてはいけませんぞ」

 ナディアはその言葉に強く拳を握った。

 ――信仰とは、ただ神に仕えることだけではないはず。誰かを守りたいと願う心もまた、祈りと呼べるのではないか。

 だが、それを口にすれば“巫女の資格”を問われる。

 王国に生きる巫女は、清廉でなければならない。私情を持ち込めば、“神託を曇らせる”と非難される。

 それでも――ナディアは思い出す。

 直哉が、必死に麻希を守ろうと叫んだあの夜のことを。

 麻希が、たとえ傷ついてでも彼の背に立とうとしたことを。

 あのふたりは、確かに“真の絆”で結ばれていた。

 (……私は、あの輝きを見てしまった)

 もう、後戻りはできない。

 夜。王宮の裏庭。

 ナディアはふとした想いで、静かな夜気に誘われるようにそこを訪れた。

 すると、月明かりの下――そこに、誰かが立っていた。

 「……麻希?」

 「ナディア……」

 振り返った麻希の顔には、微かな疲労と、それ以上に繊細な迷いが浮かんでいた。

 「もしかして……眠れなかった?」

 「うん……少し、考え事してて」

 ふたりは並んで歩き出した。無言のまま、数歩。やがて、麻希がぽつりとこぼす。

 「……ナディアって、すごいなって思う」

 「え?」

 「王国の巫女で、こんなに多くの人に見られてるのに、自分をしっかり保ってて。……私には、きっと無理」

 ナディアは一瞬、言葉を失った。

 そして、ふっと苦笑する。

 「……私も、怖いよ」

 「え?」

 「王宮にいると、“誰のために祈るべきか”を見失いそうになる。形だけの儀式と、保身の言葉と、偽りの敬意ばかり。でも……」

 ナディアはそっと、麻希の手を取った。

 「あなたと直哉さんを見てると、なんだか強くなれる気がするの」

 その手のひらは、ほんのりと温かくて、震えていた。

 「本当はね、少しだけ……羨ましいのかもしれない」

 麻希の目が、ふわりと揺れる。

 「直哉さんに、あんなふうに守られて。あんなふうに……想い合ってるのを、間近で見てたら……」

 言いかけた言葉を、ナディアは飲み込んだ。

 それをすべて言ってしまえば、今の自分が壊れてしまう気がした。

 だが麻希は、ナディアの手をそっと握り返した。

 「……わたしも、同じだよ」

 「え?」

 「ナディアみたいに、強くて、誰かのために動ける人を見ると、自分が情けなくなる。でも……あなたがいてくれて、救われた」

 ナディアの瞳が潤む。

 それは嫉妬ではない。

 比較ではない。

 “共鳴”とは、きっとこういうことなのだと、ふたりは思った。

 その後、直哉と合流した麻希は、少し顔を赤くしながら彼の隣に立った。

 「……どうした?」

 「……ナディアと少し話してた」

 「うん、仲良くしてるのはいいけど……なんか、俺に言えないこと話してない?」

 「……ない、けど……うーん……」

 言葉に詰まった麻希を見て、直哉が笑う。

 「まあいいや。ちゃんと無事なら、それでいい」

 「……ほんと、あなたって……」

 麻希は思わず、ふわっと笑ってしまった。

 さっきまで心が沈んでいたはずなのに、今はただ、彼の横にいることが嬉しかった。

 「ねえ、直哉」

 「ん?」

 「わたし、あなたに会えて、本当によかった」

 夜風が優しく吹く。

 その言葉に込めた想いは、きっと全部伝わっていた。

 だからこそ、直哉はそれ以上、何も言わなかった。

 ただ隣に立ち、そっと彼女の肩に手を添えた。

 ――絆は、少しずつ確かに、深くなっていく。

 揺らぐ巫女の想いの中で、それでも交差したふたりの気持ちは、確かに“強さ”へと変わり始めていた。


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