第二部:第十六章 王城の陰謀
騎士団の試験から二日後、王宮内にある“聖記の間”で、ラウラとナディア、そして直哉と麻希は密かに集まっていた。
王都に滞在する許可は得られた。だがその裏では、一部の貴族たちが“ささやきの力”を兵器として利用しようとしているという噂が、ナディアの耳に届いていた。
「ここに来てから……あの黒衣の男、ずっと私たちを見てた。あの人は、ただの側近じゃない」
ナディアの声には、はっきりとした警戒の色があった。
「“枢機卿バルタス”。神殿内でも最も権威ある立場の一人よ。……そして、力を崇拝する派閥の中心人物でもある」
ラウラの説明に、麻希は自然と拳を握った。
「……“ささやき”って、人の心に届くものだったはずなのに。どうしてそんな人たちが触れようとしてるの?」
「彼らにとっては、“心”なんてどうでもいいの。問題は、“力”が引き出せるかどうかだけ」
ラウラの言葉は冷ややかだった。
そんな中、直哉が口を開いた。
「でも、俺たちには選べる。誰のためにこの力を使うか、どう使うかを」
麻希は彼の横顔を見つめた。言葉にできない気持ちが胸を満たしていく。
強くてまっすぐで、自分の信じたものを曲げない彼の姿――やっぱり、麻希にとってそれは何よりの“拠り所”だった。
「ねえ……直哉」
「ん?」
「わたし、今なら言える気がする。この力を、“あなたと一緒に”使いたいって」
目が合う。その瞬間、視線が絡まり、時間が止まったように感じた。
直哉は黙ってうなずき、そっと手を差し出した。
「じゃあ、もう迷わないように。――俺がいるから」
麻希は迷いなく、その手を取った。
◆
夜――。
王宮の西翼にある静かな回廊。銀色の月明かりが、床の大理石に映り込んでいた。
麻希は部屋の中にじっとしていられず、そっとドアを開けて廊下に出た。気づけば、直哉の姿がすぐ近くにあった。
「……眠れない?」
「うん……ちょっと考えすぎちゃって」
並んで歩き出すふたり。誰もいない静かな夜の回廊に、足音が微かに響く。
「ねえ……怖くない?」
麻希の声は、月明かりの下で震えていた。
「“ささやき”の力が、誰かに奪われるかもしれない。もし、そのせいであなたに何かあったら……って考えると、怖くて仕方ない」
立ち止まった麻希に、直哉も歩を止める。そして、ゆっくりと彼女の前に立ち、正面から向き合った。
「麻希」
「……うん」
「俺は、お前がそばにいてくれる限り、どんなことでも乗り越えられる気がしてる」
彼の声は低く、けれどどこまでも温かく、真っ直ぐだった。
「力が奪われるかもしれない。危険なことに巻き込まれるかもしれない。それでも――」
彼はそっと、彼女の肩を抱き寄せる。
「お前が俺を信じてくれるなら、俺は絶対に負けない」
麻希の心が、音を立てて揺れた。
「……ねえ、直哉」
彼の胸に顔を寄せたまま、小さな声で囁く。
「あなたのこういうところ、ずるいって思うの。……怖い気持ちが消えちゃうから」
「……ごめん、狙ってるわけじゃない」
「……もっとずるい」
頬が触れ合い、吐息が混じるような距離。ふたりの間に流れる時間が、どこまでも甘く静かだった。
月明かりに包まれながら、麻希はそっと目を閉じた。
この瞬間だけは、世界のすべてを忘れてもいいと思えた。
ささやきは聞こえなかった。
聞こえる必要がなかった。
今、彼女の心にあるのは――彼だけだった。
◆
その同じ頃、王宮の一室。
黒衣の男、バルタスが文書に目を通していた。
「……ふむ。やはり、ふたりの“共鳴”は進行しているか」
彼の瞳に、わずかな光が宿る。
「“完成”まで、あと少し。さあ……貴様らの魂、どこまで抗えるか見せてもらおうか」
そして、陰謀は静かに動き出す。
けれど、その夜――ひと組の心は、確かに強く結び合っていた。




